Rogue1975年起源説?
先日買った『ユリイカ』のRPG特集、褒めどころも突っ込みどころも両方ある中々刺激的な本になっています。
が、褒めどころはとりあえず四月上旬に回して、取り急ぎ気づいたところを。
- 宮昌太朗,2009「システムと戯れること、物語を読むこと――『ドラゴンクエストIV』以降の中村光一/チュンソフトの歩み」(本書80-6)
は、個人名で出されている論文のなかでは、井上明人さんの〈リテラシー〉/〈コンテクスト〉の区別と並んで重要な指摘となっているのですが、一点だけ、気になるところを見つけました。
それは、Rogue が1975年に登場した、という説です。
デジタルゲームの歴史に詳しい田中治久(id:hally)さんが、2004年に以下のようなエントリを書かれています。ほぼそのままになってしまいますが、とても重要な指摘で、今も参照されるに値するものだと思いますので、引用させていただきます。
以前から気になっていたのですが、「ローグ」の誕生が1975年だと言い出した人は一体誰なのでしょうか? 実は私も、つい何年か前までそう信じ込んでいました。私みたいに半端な「ローグ」フリークじゃないかたならとっくにご存知だと思いますが、正確な誕生年は1980年。「ローグ」は別に、世界初のコンピュータロールプレイングゲームなどではないのです。
「ローグ」の根幹をなす画面表示ルーチンは、1980年以前には存在していませんでした。しかもこのゲームを手がけた大学生たちは、1975年の時点ではまだ大学生になっていない…ちょっと調べれば、起源を1975年まで遡ることは、どう考えても不可能だと分かります。
どうも1975年起源説は日本特有のものらしく、少なくとも欧米には、1975年に「ローグ」が誕生したなどと言う人は見当たりません。USENETの過去ログを当たってもそういう記述はないので、別に最近認識が改まったというわけでもないのでしょう。となると、1975年説の出所は、おそらく日本の雑誌か書籍ではないかと思われます。
私が知る範囲内で、1975年説を紹介したもっとも古い書籍は「電視遊戯大全」(1988) なのですが、日本に「ローグ」を紹介した書籍としては、なんといっても「ローグ・ハンドブック」(1986) が代表的です。1975年説があれだけ一般的になっているところを見ると、このあたりが起源ではなかろうかと思って探してみたのですが、読んでみると成立年代には言及していませんでした (ちなみにこの本は、少し前に歴史関係の部分を除いてオンライン公開されていました)。
ですがそれにしても、一年や二年ならともかく、どこをどうすれば五年も間違えることになるのでしょうか。自然に考えれば、1975年に何か勘違いを誘発しそうなものが存在していたから、ということになりそうです。しかし1975年といえばまだコンピュータゲームの黎明期。該当しそうなものはひとつしかありません。最初のアドベンチャーゲームとして知られる「アドベンチャー」です。
オリジナル版の「アドベンチャー」は、1972年〜1973年頃にウイリアム・クラウザという人物がごく個人的に開発を始めたものです。ARPANet (今日のインターネットの元になった研究機関のネットワーク) で広まるようになったのは1975年からなので、開発者公認の発表年はこの年ということになっています。そして私にはこれが、「ローグ」の完成年と誤解されたまま日本に広まったのではないかと思えてなりません。
(http://d.hatena.ne.jp/hally/20040201)
この1980年(or1981年説)と1975年説、どちらが正しいかは私にはうまく断定できないのですが、Rogueが配布されたというPDP-11マシンの登場年代や、UNIXによる配布が1977年以降でなければ成立しないことなどを考え合わせると、hallyさんの指摘のほうが妥当なのではないかと私には思えます。
また、私はRoguelikeで唯一やっているのはNethack日本語版で(それでも十時間前後しかやっていませんが)、そこで最初に示されるテキストの中に、AD&D準拠の記述がいくつかあったような覚えがあります。AD&Dの発売年は1979年です。RogueのクローンとしてのHackは1985年ですから、Rogueの話とは繋がりがありませんしなんの傍証にもなりませんが、クローンが参照したのがクラシック(CD&D)ではなくアドヴァンスド(AD&D)の方である、というのも、1980年説を受け入れると、わりとすんなり納得できるかなと思っています(しかし、この辺はやはり理屈ではないですね。話半分に聞いてください)。
ところで引用した後に気づいたのですが、hallyさんはこの後、TRPGにおける「アドベンチャー/ロールプレイングゲーム」の分離についても指摘しています。そしてこれは、今回の宮さんの中村光一論とも深く関わる内容だと思います。
アドベンチャーとロールプレイングを混同? そんな馬鹿な…と、今日の視点からは見えるかもしれませんが、もともと「アドベンチャー」はテーブルトークRPG「ダンジョンズ&ドラゴンズ」の雰囲気をコンピュータ上に再現するべく開発されたものです。当時の視点であえてこれをカテゴライズしようと思えば、ロールプレイングゲームのほかはあり得なかったわけです。プレイヤーキャラクタは成長もしなければ、各種のパラメータを持っているわけでもありません。しかしゲームマスターたるコンピュータと言葉をやりとりすることによって探索が進展するという点で、それはまぎれもなく「ダンジョンズ&ドラゴンズ」だったわけです (ただし開発当初の段階では本家「ダンジョンズ&ドラゴンズ」がまだ登場していませんから、意識するようになったのは途中からでしょう。「アドベンチャー」の基礎は、クラウザの趣味だった洞窟探検をコンピュータ上に再現するところから始まっているようです)。実際海外には今日でも、「アドベンチャー」が最初のコンピュータRPGだと記している人がいるくらいなのです。
アドベンチャーゲームというのは、「アドベンチャー」タイプのゲームが増加していくうえで生まれた比較的新しい区分であって、少なくとも1980年代初頭までは、あまり厳密にロールプレイングゲームと区別できない関係にありました。ASCIIの本格派テキストアドベンチャー「表参道アドベンチャー」(1982) が『日本初のロールプレイング・AVG』を標榜していたことにも、その辺の空気が反映されていたわけです。
「ローグ」1975年説を紹介してしまった人は、恐らく海外の書籍か何かを斜め読みしながら「世界初のコンピュータロールプレイングゲームは、1975年に誕生した」という記述を発見し、それを「ローグ」のことだと思いこんでしまったのではないでしょうか。何の根拠もない憶測ではありますが、「ウルティマ」「ウィザードリィ」ではじめてロールプレイングゲームを認識した「ごく普通の」日本人なら、テキストアドヴェンチャーゲームに同じ匂いを嗅ぎ取ることができないのも、当然ではあります。
http://d.hatena.ne.jp/hally/20040201
ここで言及されている「アドベンチャー」とは、ウィリー・クラウザー&ドン・ウッズによる『コロッサル・ケイヴ・アドベンチャー(Advent)』のことですね。先日、ゲーム関連の年表を作った時にも言及しました。このAdventureは、当時ARPAnetで配布されました。
今は亡き多摩豊さんが『コンピュータゲームデザイン教本』で、ADVゲームとコンピュータRPGの乖離を、TRPGにおける〈謎解きゲーム性〉と〈キャラクターの成長〉のそれぞれの実現として整理したことがありますが(1990年『コンピュータゲームデザイン教本』より)、チュンソフトは『弟切草』以降のサウンドノベルシリーズによって成長要素なき〈謎解きゲーム性〉の探求を、『トルネコの大冒険』以降のRoguelikeによって〈キャラクターの成長〉の純粋な楽しみを追求したのではないか、と私は考えています。
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さて、私も何か書こう。