GOD AND GOLEM, Inc. (はてなダイアリー倉庫版)

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イマジナリィ・ボードの進展(1)─Vampire.Sの〈ポリシー/メカニズム〉論に寄せて

 実は以前から気になっていたのです。
 『ルーンクエスト』界隈から登場したVampire.Sさんの濃厚な論考、『ルーンクエストというメカニズム』。

■Vampire. S., 2000『ルーンクエストというメカニズム』*1
http://www.glorantha.to/~tome/RuneQuestMechanism.pdf

 内容を一覧するなら、まりおんさん(id:mallion)の以下の記事を先にご覧になってからの方が早いでしょう。まりおんさんはVampire. Sさん同様、ルンケの専門家でもありますから、その文脈からの紹介文にもなっています。

■まりおん,2006.06.30『論文:ルーンクエストというメカニズム(by Vampire.Sさん)』
http://d.hatena.ne.jp/mallion/20060630/p1

 今回は、このうち第一章の理論面について言及します。

 この『ルーンクエストというメカニズム』前半における議論は、2005年の初めごろに私が注目していた、〈共通認識〉*2の考えと非常に近いのですよね。

 私の論考『イマジナリィ・ボードの提唱』は、ずいぶん昔の、まだ語の定義についても十分に考えられていない時代に若書きした文章です。ですからいずれもっと平明で一般的な言葉に打ち直さなければならないと思っていたのですけど、まあこれを読んでぶっとんでしまったわけです。確か今年のはじめ辺りだった気がします。

 その最大の貢献として取り上げられるのが、この文章の第1章において述べられた〈ポリシー〉と〈メカニズム〉の区別なのです。

 これは、私が以前言った〈イマジネーション〉と〈イマジナリィ・ボード〉の区別に、(その作られた出自や応用する目的はかなり違うことを踏まえても)きわめて類似関係にある区別であると言ってよいと思います。*3

 そしてもう一つ、私がこの論考に関心を持っているところがあります。それは何かと言うと、ロールプレイングゲームにおける〈架空の状況〉を裁定する最大の基準となっているものは、私達が日常的に運用している〈常識〉の感覚である」という事実に対する、批判的なものの見方です。

 私達がTRPGにおける〈架空の状況〉を把握するにあたっては、日常生活の感覚から物語的な想像力までをも広く支える〈常識〉の感覚*4にどうしても依存しなければなりません。この一見あたりまえのことに対して、Vampire. Sさんはこの論考内で、極めて自覚的に問いかけ、論駁しているのです。ここまでTRPG文化における〈常識〉を疑い、TRPGの運営において〈常識〉が必要である本当の理由に切り込んだ論考は、今までに読んだことがありません。*5

 『ルーンクエスト』に詳しくない方も、以下に私なりの要約を掲載しておきますので、ぜひ一読なさってください。大変知的な示唆に富んだ文章になっていますし、またそれ以上に、TRPG文化の本質を考える上で、ものすごく重要な意味を持った論文であると私は考えています。


【重要キーワード】

 要約中に、このかっこ→〈〉でくくられた語が出てきますが、これは、私がVampire. Sさんの論旨を理解する上で重要と思われるキー概念を表したものです。先に、その一覧を紹介しておきます。これを参照すると、私の要約の基準や、Vampire. Sさんの論旨もわかりやすくなるのではないかと思います。註釈も参照してくださいね。

★〈ルール〉〈データ〉〈世界観〉〈システム〉*6
★〈ポリシー〉―〈メカニズム〉*7
★〈本物の状況〉―〈架空の状況〉*8
★〈日常世界の常識〉―〈拡張された常識〉*9
★〈矛盾性〉〈不完全性〉〈無意味性〉*10
★〈基本ポリシー〉―〈メカニズム解析〉*11
〈日常的な世界〉―〈非日常的な世界〉*12

 そして以下が要約となります。適宜、本文を参照しつつお読みになってください。
 面白いですよ。


  • 〈ルール〉〈データ〉〈世界観〉〈システム〉といった、TRPGにおいてよく使われる用語は、実はよく整理された術語ではない。特に〈世界観〉においては、単なる〈世界設定〉との混同が見られがちである。私達は、同じ〈ルール〉〈データ〉〈世界設定〉〈システム〉を用いても、しばしば異なる〈世界観〉でプレイすることができる。この問題は、上記の術語では説明がつかない。
  • この理由について究明するために、〈ポリシー〉と〈メカニズム〉という新たな術語を提示する。〈ポリシー〉とは「ゲーム進行の際にプレイヤー間で共有される理念と方向性」であり、〈メカニズム〉とは「ゲーム進行において具体的に与えられる手続き」のことと定義される。
  • そのため、〈ポリシー〉は、ロールプレイングゲームにおける〈架空の状況〉を直感的に参加者間で把握するための〈(ゲームのために)拡張された常識〉として機能する。したがってより精確な〈ポリシー〉の定義は、「実際にそれがルールとして構築できるかどうかをいったん考えずに理想的な見地から構築された、ゲームとしての操作と架空世界の状況全体との関係に関する暗黙の〈常識〉」と位置づけられる。(これを広義のポリシーとは別に〈基本ポリシー〉と呼ばれることになる。*14
  • 一方で〈メカニズム〉は、〈ポリシー〉と異なり、具体的な手続きとして実行可能でなければならない(しかしながら、その手続きとして作成されたものが〈ルール〉〈データ〉〈世界設定〉のどの形をとっても、〈メカニズム〉として機能しているのならば、そこに本質的な差異はない)。
  • 実に、〈ポリシー〉と〈メカニズム〉が存在することこそ(少なくともゲームの実行という側面から見たとき)、ロールプレイングゲームとその他のゲームを分かつ点に他ならない。
  • そして、〈ポリシー〉がはっきりと固定され、共有されていない限り、〈メカニズム〉の精確な批評は不可能である。ロールプレイングゲームに関するさまざまな議論の混乱は、〈ポリシー〉と〈メカニズム〉をはっきりと区別しないまま、異なった〈ポリシー〉を持つもの同士で議論に突入したことから起きているものと考えられる。
  • しかしながら、〈ポリシー〉の評価はしばしば文学的になりがちであり、客観的な評価基準を作ることができない。したがって私達がシステムの批評を行う際、「良いメカニズムとは、なるべくなら多くの、面白いポリシーを否定することなく実行できることが望ましい」と考え、それぞれのシステムにおける〈ポリシー〉と〈メカニズム〉の相互作用に注目して評価する必要がある。
  • 〈ポリシー〉と〈メカニズム〉の間に乖離が起きる場合は〈矛盾性〉〈不完全性〉〈無意味性〉の3通りがあり、このうち〈無意味性〉による乖離がもっとも危険と考えられる。
  • これまで世界観と呼ばれていたものは、〈基本ポリシー〉と、〈メカニズム解析〉から新たに得られた〈ポリシー〉の2種類の集まりから成り立っており、その中には一定の幅でバリエーションが存在する。〈メカニズム解析〉は、それまで十分に分析され、構造化されていなかった〈世界観〉の中に、〈ポリシー〉という構造を構築する手順であるとみなされる。*15
  • ロールプレイングゲームにおいて「現実世界」を舞台にしたシステムがないのは、そのような舞台をゲーム的に変えていくにはどうしても「〈常識〉を疑うような状況」を日常生活から発見しなければならないからである。*16その労力は非常に大きい。ロールプレイングゲームのシステムが全て何らかの〈魔法〉を持っているのは、〈日常〉に対する〈非日常〉の要素を、あらかじめゲームシステムが持っていた方が「良い」シナリオをつくりやすいからではないか。
  • 〈非日常〉に対して、〈常識〉を云々することはナンセンスである。しかし、〈常識〉の破壊は、全ての〈常識〉を否定するものであってはならず、さらにそれは複数のプレイヤー達にも共通して理解できなければならない。前者はプレイヤーの行動可能性から、後者はシナリオで提示された「驚き」の結果が、プレイヤーの推測に対して公正でなければならないという観点から、それぞれ要請される。
  • 〈基本ポリシー〉*17は、「ゲームバランスに対する配慮」と「現実の日常世界の〈常識〉」の2つが必要になる(しかしそのうちどちらかが必ずどちらかに優越する、ということはない)。
  • 結論1:〈メカニズム〉と〈ポリシー〉が両方存在しており、その2つが相互作用していることこそが、「ロールプレイングゲーム」と呼ばれるゲームの本質である。
  • 結論2:多くのロールプレイングゲームの説明では、〈日常世界の常識〉を架空世界にまで押し広げた〈拡張された常識〉こそが、常に最終的な目安であると掲げられていた。しかし、「〈ポリシー〉が〈メカニズム〉に必ず優越する」というテーゼは、上記の議論によって既に意味を失っていると考えてよい。少なくとも、『ルーンクエスト』はそのようなテーゼを受け入れない、メカニズムによって規定可能な架空世界でり、またそれを知るためには〈メカニズム解析〉が要求されることを宣言している。
  • 結論3ルーンクエストがその歴史に区切りをつける今*18、我々はこの挑戦に対して、回答を与えていくべきだと、筆者は思っている。

(以上、第1章[本文2-14]を要約した。)

 要約は以上です。
 なお、あくまでこの要約の責任は私にあり、Vampire. Sさんにはないことを明言しておきます。誤解があった場合、その責任はすべて私に属します。

 最後に、この後に私がこの貴重な論文を受けていずれ開始するだろう〈イマジナリィ・ボード〉の話にも少しだけ触れておきましょう。以下の文章を紹介しておきます。

■白河堂(高橋志臣),2004.12.19『イマジナリィ・ボードの提唱 〜失われたボードを求めて〜』Scoops RPG2005年01月号.
http://www.scoopsrpg.com/contents/hakkadoh/hakkadoh_20050107a.html

■白河堂(高橋志臣),2005.05.29『地天泰,文芸,ドラマツルギー』Scoops RPG2005年6月号.
http://www.scoopsrpg.com/contents/hakkadoh/hakkadoh_20050529.html

 なお、上の文章のどの点が興味深いかは、氷川霧霞さんがわかりやすくレビューしてくださっていますので、まずはこちらをご覧になったほうがよいでしょう。極論を言えば、こちらだけをご覧になって、後は『地天泰,文芸,ドラマツルギー』の最初の方だけをつまみ食いすればよいように思います。昔の文章、ぶっちゃけ下手なんですよねえ*19……。

■氷川霧霞,2004.12.13「白河堂*20氏のイマジナリィ・ボード」
http://www.trpg-labo.com/modules/wordpress/index.php?p=187
■氷川霧霞,2004.12.24「白河堂氏のイマジナリィ・ボード(その2)」
http://www.trpg-labo.com/modules/wordpress/index.php?p=195


 今回はこんなところで。
 他の方がこの『ルーンクエストというメカニズム』をどう読まれたかも知りたいなあ。
 さて次は、俵ねずみさんの論考と「目標の多層構造」の区別について論じるかもしれません。なぜかというと、氷川さんが上の記事で述べている「〈物語〉や〈演劇〉も〈ゲーム〉として取り込む、とはどういうことか?」の回答を示そうとしたのが、先日の記事で紹介した俵ねずみさんの仕事だったと私は考えているからです。

*1:氷川さんからの情報により、2000年の夏コミ『ジオ亭通信』に掲載されていた論考だということがわかりました。どうもありがとうございます>氷川さん

*2:この着想は、当時まだ発売する見込みもなかった『Aの魔法陣』のネットコミュニティにおいて、芝村裕吏氏が説いた幾つかのTRPG論考に由来する。以前も言ったかもしれないけれど。

*3:私の場合、そこの間にさらに〈対話(ダイアログ)〉というすり合わせの機関を設けて、〈架空の状況に関する想像力〉〈対話による共通認識作成の場〉〈作られた共通認識を遵守することによるゲーム盤の成立〉という3段構えのモデルを作成しました。当時と術語が若干異なりますが、まあ、あまり言ってることは変わりません。

*4:これを"common sense"と言いたいところです。

*5:どうしてVampire.Sさんがこのような議論を必要としたのかを私なりに考えると、われわれがそれぞれにうちに抱える〈ポリシー〉は、議論の前提とするにはあまりに観念的・文学的に過ぎるからです。Vampire. Sさんは「正しいルンケ」について理性的に検討するためには、まず〈メカニズム解析〉のレヴェルで認識をすり合わせなければならない、という回答を提示しています。すべてのシステムにおいてこの方法が当てはまるかどうかは、まだはっきりとは言えませんが、豊富な背景世界に裏付けられたロールプレイングを楽しむ〈第二世代RPG〉の筆頭、『ルーンクエスト』においては、きわめて有効かつ妥当な結論ではないかと私は考えます。

*6:この4つのあいだに明確な区別はなく、しかも〈世界観〉という概念がくせものである。この論考の前半は、この〈世界観〉という概念を〈ポリシー〉と〈メカニズム〉という2つの新たな概念によって解析していく過程に費やされる。

*7:これは最重要タームなので、詳しくは要約を参照のこと。

*8:主に、歴史シミュレーション・ゲームと、模倣するものの存在しないロールプレイング・ゲームとの間の差異を強調する対概念として設定される。

*9:私達がTRPGにおいて適用しているのは主に後者の常識である。しかし、前者の常識がまったく働かないゲームを、私達はプレイすることができない。〈ポリシー/メカニズム〉論に隠れがちだが、この主張はTRPG文化全体にとって極めて重要な指摘であると私は主張したい。

*10:「〈ポリシー〉と〈メカニズム〉の乖離」に関する3分類

*11:前者は、要約中で定義される、より純粋な“ゲームデザイン以前”の〈ポリシー〉のこと。いっぽう後者は、精確には、〈メカニズム解析〉を通じて発見され、〈基本ポリシー〉に付け加えることが可能な〈ポリシー〉のこと。

*12:〈魔法〉の有無によって区別されるゲーム世界。日常世界はゲームの実行がきわめて難しいと分析される

*13:要するに、歴史を題材にしたウォーゲームのこと。外延的に(つまり具体例を列挙するやり方で)定義すると、『独ソ電撃戦』とか『信長包囲網』とか『エル・アラメイン』とか『チェインメイル』)とかである。

*14:その後に来る〈ポリシー〉は〈メカニズム解析〉によって得られる。詳しくは後半の要約を参照のこと。

*15:この分析が、〈メカニズム解析〉を中心としたTRPGシステム批評の軸を構築しようとするVampire. S氏の立場表明ともなっている。

*16:私が先日「〈リアリズム演劇〉的なTRPGはなぜ存在しないか?」と述べたが、Vampire. S氏のこの言及は、この疑問の一端を解明する記述ともなっている。

*17:われわれが〈メカニズム〉を実際に作成する“以前”に存在する、〈架空の状況〉に関する素朴な〈ポリシー〉のことを指す。これと対になるのが、〈メカニズム解析〉によって導出される“解析後の”〈ポリシー〉である。実はポリシーにも2つの分類があるのだ。

*18:グローランサ世界に準拠した新しいコンセプトのRPGヒーローウォーズ』のことを指している。

*19:今でもヘタだという突っ込みは、自覚してますのでご勘弁ください、はい。

*20:当時は高橋志臣ではなく、白河堂〔はっかどう〕という名義で論考活動をしていました。