GOD AND GOLEM, Inc. (はてなダイアリー倉庫版)

2007-2012まで運用していた旧はてなダイアリーの倉庫です。新規記事の投稿は滅多に行いません。

「Co-Con『クトゥルフと帝国』セッション」

 海外で人気のロールプレイング・ゲームクトゥルフ神話RPG』の熟練〈ゲームマスター〉を7卓揃えた、豪華なアナログ・ゲームイベント「クトゥルフ・オンリー・コンベンション」に参加して来ました。 2008年01月19日、池袋旧日出小学校で行われた者です。

 Blogでは、「TRPGは知らないけれど、クトゥルフ神話は好きだよ」という方もきっといらっしゃると思うので、詳しく解説しますよ。

■Co-Con公式ページ
http://wiki.livedoor.jp/co_con/d/FrontPage

 私が今回参加してきたのは『Red Worm Sanatorium』の管理人さんがマスタリングする『クトゥルフと帝国』の、史実を基にしたシナリオでした。

チャールズ・リンドバーグの来訪

 ──時は1931年、夏。
 歴史上初めての大西洋単独無着陸飛行を果たした伝説的パイロット、チャールズ・リンドバーグ夫妻の来日が報じられ、国内マスメディアは英雄の来訪に沸きかえっていた。
朝日新聞の記事。近くの広告欄には「トーレコヨチ治明」のロゴ。)
 ところが日本帝国外務省は、今回の彼の来日が外交問題を招くのではないかと慎重な姿勢を見せていた。「国内で負傷されて外交問題になるのではないか」といった疑念のほか、「米国からのスパイではないか」という疑惑が、リンドバーグに対して寄せられていたのである。
 そのため、帝国外務省は、省内直属の部下と帝国海軍の将校を、リンドバーグの巡航ルートである千島列島方面へと派遣することを決定。外務省の役人1名と海軍佐官2名、帝国海軍航空隊の操縦士1名、川崎重工の空挺技師1名の計5名が、北海道根室の基地に待機し、リンドバーグ夫妻の訪問に備えることになった。
 ところが、事態は思わしくない方向に向かう。リンドバーグたちの乗る赤黒二色の飛行機「シリウス号」が、根室以東の海霧〔かいむ〕に包まれ、回線が混線し始めたのだ。
 事態を重く見た外交官以下5名は、即座に千島列島方面へ独逸製飛行艇「ドルニエ WAL」を飛ばし、救出に向かおうとする。
 しかし、そこで彼らは、漸う濃さを増しゆく海霧の中に佇む、帝国海軍の駆逐艦を発見するのだった……。

 こんな導入です。
 セッショントレーラー*1等はそこそこに、基本的にGMの一括導入による説明でした。ちなみにこんなに詳しいのは、私がネットで補完して調べたわけじゃなくて、〈ゲームマスター〉のRWS管理人さんがセッション中に順を追って説明した中での公開情報を、そのまま繋ぎ合わせただけです。この作りの丁寧さ、ぜひとも見習いたいですね。

 さてさて、こんなところからロールプレイング・ゲームを紹介すると「え? 物語をみんなで語って、それがゲームなの?」と思われそうなので、一応“ボードゲームちっく”な方面からも、ゲーム目的を説明しておきます。

 まず前置きしておきますと、『クトゥルフ神話RPG』は、

  • 「〈探索者〉と呼ばれる平々凡々な登場人物を動かして」
  • 「ホラーちっくなバケモノと遭遇して発狂したり」
  • 「“それってどんだけー”なトンデモ真相を解明したり」
  • 「狂い死んだり惨殺されたりなんとか生き残ったりすることを通じて」
  • 「ホラーな状況そのものとの出会いを楽しむ」

 ……そんな物語的状況を想定してデザインされたボードゲーム*2です。

クトゥルフ神話TRPG (ログインテーブルトークRPGシリーズ)

クトゥルフ神話TRPG (ログインテーブルトークRPGシリーズ)

 そんなデザインコンセプトなものですから、プレーヤーが操るキャラクターは、わりあい簡単に“発狂したり”、“死亡したり”します。
 でも“それをギリギリ回避しようとしながら楽しむんです”ってーことで、どうか一つよろしく。

リンドバーグ救出シナリオの4大目標

 RPGが単なるごっこ遊びではなく、〈ゲーム〉たりえている仕組みの一つに、〈目標の多層構造〉というものがあります。
 詳しくは〈目標の多層構造〉のリンク先を参照していただきたいのですが、ようするにRPGという遊びでは、「〈キャラクター〉を操る」という基本的なプレイの中に、「〈キャラクター〉〈管理資源〉を適切に使う」とか「〈キャラクター〉をできる限りそれっぽく解釈し、演出する」とか「〈ゲームマスター〉が与えた課題にノってうまく解決に導く」とかいった複数の目標が、しばしば矛盾したり、衝突したりするのですね。
 しかもこれらの目標が、明示されるのではなく、ほとんど暗黙のうちに与えられます。それをストーリーの文脈や、今遊んでるゲームのコンセプトからできる限りうまく解釈して、各々のプレーヤーが場の空気を読みつつ、目標に向かって適切に行動しなくてはなりません。

 たとえば今回のゲームにおいては、〈ゲームマスター〉は明確に宣言しなかったものの、以下の「1〜4」を同時に与えていました。

  1. 以下の課題を解決する。(これを〈課題の解決〉と呼ぶ。)
    1. 「A.無人と化した駆逐艦の探索を行う」
    2. 「B.リンドバーグを海霧の千島列島から救い出す」
    3. 「C.この事件にまつわる超常現象をできるだけ解明する」
    4. 「D.常識的にはありえない狂った真相に(キャラクターが)耐え、生き残る」
  2. 以下の5名の〈キャラクター〉〈プレーヤー〉が1人ずつ担当し、「1」で与えられた課題をうまく解決するよう貢献すること。(これを〈役割分担〉と呼ぶ。*3
    1. 「PC1:外交官(帝国外務省)」
    2. 「PC2:軍人(日本帝国海軍)」
    3. 「PC3:軍医(日本帝国海軍)」
    4. 「PC4:パイロット(帝国海軍航空隊)」
    5. 「PC5:技師(川崎重工)」
  3. 「2」で与えられた役割が、より“それっぽく”なるよう、キャラクターの行動(How)や行動目標(What)、行動理由(Why)などを工夫し、最終的な行動宣言に生かすこと。(これを〈ロールプレイング〉と呼ぶ。*4
  4. クトゥルフ神話RPG』の元ネタであるラブクラフト神話の面白さを再現できるよう、できるだけホラーちっくな状況にキャラクターを飛び込ませ、できるだけ怖い目や痛い目をみるように努力する(笑)。(これを「〈ゲームコンセプト〉の再現」と呼ぶ。)

 物語チックな説明のまま進行するものの、実際はみんなこうした「4大目標」をあるていど念頭に置きながら、ちゃんと〈ゲーム〉として各々の登場人物を動かして、リンドバーグ救出に立ち向かったのでした。

 さて、今回私が担当したのは、「PC3:軍医(日本帝国海軍)」です。
 この不惑の歳を迎えた軍医さん*5、負傷者や精神病患者を救ったり*6、東京帝大の後輩(外交官)とフランクに駄弁っていることにしたり*7、遭難した駆逐艦に残されていた航海日誌を読んでちょっとばかし狂ってしまったり*8リンドバーグに纏わり付く超常的な怪物の両眼をバッチリ見てしまったり*9しましたが……

  1. リンドバーグ救出に成功+自キャラも(一時的に発狂したが)何とか生き残ることができた。(〈課題の解決〉への努力)
  2. 医療器具を〈幸運〉技能で準備して怪物に応戦したり、ドイツ仕込みの〈精神分析〉技能で他キャラクターを治療したりすることで「軍医」の役割を果たした。(〈役割分担〉への努力)
  3. 自分で発案した“東京帝大医学部卒”および“軍医”の設定を活かし、他キャラクターとの関係性をある程度構築することに貢献した。(〈ロールプレイング〉への努力)
  4. キャラクターにあえて無謀な動きをさせて、システムコンセプトが想定するような“ホラーな状況”を引き出そうとした。(〈ゲームコンセプト〉の再現への努力)

 以上の行動を果たしましたので、とりあえずプレイングとしては及第点ではないかと思っています。
 もちろん、反省点は色々とあるんですけどね。多分、「2」の〈役割分担〉と「3」の〈ロールプレイング〉については、お隣にいた初心者プレーヤーさんへのフォローや、〈ヒーロー志向〉に慣れてイマイチCoCの楽しみ方にピントを合わせ難くしていた若手のプレーヤーさんなどへのフォロー*10も含めて、色々と遣り残したことがあったように思います。そのあたりまでフォローできればかなりの上級プレーヤーだとは思うのですが、私はまだまだ不慣れで、そこまでいけませんでしたね。ルール理解もまだまだ足りていませんので、次回以降はぜひとも改善したいものです。

セッション終了後の史実

 以下は、セッション中に伝えられたものではなく、根室のホームページから当時の様子を拾ってきたものです。
 プレイ後にこの様子を見ると──プレイ体験そのものがフィクションであるとはいえ──なんとも感慨深いものがあります。これこそが、「史実セッション」の醍醐味なのかもしれません。軍用機のドルニエ・ヴァルは、イベントのことを考慮して、事前に離れていったのでしょう。

空の大使を迎え熱狂の群衆
 昭和六年 (1931年) 八月二十四日の朝、 根室港埠頭の岸壁に世紀の瞬間を一目見ようと集まった群衆は、 岸壁はいうに及ばず道路、 屋根、 港の周囲に集まり、 今や遅しと水平線上の国後島方向を睨にらんで身じろぎもしない。
 午前八時十分ごろ国後島の方向に黒い点がみえ、 それがあっというまに鳥の影の大きさになり、 すぐ飛行機とわかるようになった。
 青空の広がる上空には、 朝日新聞の二機と北海タイムス社の飛行機がシリウス号をみちびいていた。
 大勢の群衆がかたずをのんで見守る中シリウス号は、 弁天島の北のはずれとベニケイムイ岬の間から港へ入り、 二十間坂 (現花咲小学校の前の通り) 下の海上にさっと水煙をあげて鮮やかに着水した。 北太平洋横断の偉業を達成した瞬間だ。
(中略)
「本日、 根室に着き日本の北海道に無事到着したことは嬉しくてなりません。 私どもはアメリカを離れて既に一カ月にもなりますが、 数十年の後には日米双方からこの太平洋を数時間にして飛翔する時代が必ずくることを期待しています。 また数日前より落石無線局から天候状況を教えていただき本日無事到着できました。 さらに昨晩は国後において安らかな一夜を送ることができました。 紗那でも心温まる歓迎を受け大変感激しました。 本日は町長様はじめ皆様の厚い歓迎を受け感激に堪えぬものです。 私どもはこれから日本の素晴らしいところを見ていきたいと思っています」

(広報ねむろ)

 以上、ちょっと詳しいプレイ報告でした。

 ところで、この来日を果たしたリンドバーグ夫妻ですが、このわずか1年後に、最愛の息子を失っています。

1932年3月1日、リンドバーグ家に突然の不幸が襲う。1才になる息子チャーリーが誘拐されたのである。5万ドルの身代金が要求されたが、その脅迫状に初歩的なスペルミスが発見された。このことから、犯人が英語に不慣れな移民と推定された。犯人との交渉は、ニューヨークアメリカン新聞が行ったが、70日後、自宅から5km離れた林で、息子チャーリーの無惨な死体が発見される。誘拐事件は、最悪の結末となった。
(BeneDict 地球歴史館)

 「この息子の死には、彼ら日本人5名が千島列島で遭遇した、奇妙奇天烈な事件が関わっているのかもしれない」。千島の異聞を語った〈ゲームマスター〉は、最後にそう匂わせて、この偽史語りの幕を閉じました。

 なんにせよ、リンドバーグは既にこの世になく、その事件に居合わせた5名の関係者の記録もありません。千島沖で何がおきていたかは、文字通り「五里霧中」となってしまったようです。*11

 なお、このゲームの〈背景世界〉としては、国内サプリメントクトゥルフと帝国』が使われています。
 シナリオも含めてよく考えられたルールブックですので、クトゥルフファンの方もぜひ一度ご覧になってみてください。*12

 

*1:物語の導入説明を省くために、「今回はこんなオハナシをもとにプレイしてもらいますよー」という説明をするための紙のこと。コンベンションスタイルのGMでは、好んで導入したり、公式シナリオに付属していたりしてそのまま読み上げてよいようになっていたりする場合があるが、〈第一世代RPG〉〈第二世代RPG〉では、そうした導入が必ずしもスタンダードではなく、普通にプレイ中のブリーフィング(状況説明)として提示されることが多い。どちらかといえば、セッショントレーラーを使わない方が古典的な遊び方である。私はどちらでもイケるクチだが、〈ヒーロー志向〉よりはむしろ〈疑似体験志向〉を打ち出している『クトゥルフ神話RPG』では、セッショントレーラーを使わず淡々と説明してくれる方が、後々の怖さが引き立ってよいのではないかと思っていたりする。

*2:より精確には、〈ロールプレイング・ゲーム〉と呼ばれるゲームジャンルの一製品ですが、基本的には20世紀に急速に発達した近代ボードゲームの手法をつかってデザインされています。サイコロや確率処理、ルール記述、商品流通などは、かなりの部分でウォーゲームやボードゲームのスタイルを継承しながら、独自の発展を続けています。

*3:なお、この〈役割分担〉とは、(Costikyan1994=1995,2006) における〈管理資源〉の概念を〈ロールプレイング・ゲーム〉〈プレイング〉のレベルで捉えなおしたものである。その前提から言うならば──よくある誤解とはまるで違って──〈役割分担〉が、〈ロールプレイング〉と対立するようなものではないということは明らかである。また、コスティキャン〈管理資源〉〈ゲーム〉の必須要素の一つとしながら、“ロールプレイ性”を「ゲームをより面白くする要素」に留めていることにも留意されたい。(馬場1996-7)が敢えて〈ロールプレイング〉よりも〈役割分担〉を優越させ、〈ロールプレイング・ゲーム〉の基本と捉えたのは、必ずしもコスティキャンの文脈を無視した独断ではなく、あくまで〈管理資源〉の所在を念頭に置いた上での、ある程度妥当な解釈だと読むべきではないかと思われる。そして私も、──「〈目標の多層構造〉を全て満たすようプレイする」ことが究極目標であるという条件付で(そして〈ロールプレイング〉〈役割分担〉を綜合したものが“広義のロールプレイング”であると前置きした上で──〈ロールプレイング〉よりも〈役割分担〉をこそまず基本的に優先させるべきであると、コスティキャン論の文脈を踏まえて主張したいと考えている。

*4:なお、このことを〈キャラクタープレイ〉と呼ぶ向きもあるが、それはリソースマネジメントの一種である〈役割分担〉を無視することに繋がるため、そのように呼ぶことは混乱するので避けた方がよい。詳しくはリンク先のtrpgtermsグループの定義を確認していただきたい。

*5:年齢は、「軍医・佐官クラス」という指定を受けて、適当にプレーヤーの方で設定しました。まあ、雰囲気だしの部分ですが、時に〈ロールプレイング〉のよいネタにもなります。

*6:判定に失敗したけど。

*7:本当はそんな関係、公務員としてダメダメかもしんないけど。

*8:クトゥルフ神話のお約束ですね。

*9:「シグムント先生は正しかったんだ!」てなもんです。いや、これはむしろカール=グスタフ先生?

*10:CoCは、先ほども説明したとおり、〈疑似体験志向〉がデザインコンセプトの根本にあるゲームです。もっと簡単に言うと、〈プレーヤー〉が望むことと〈キャラクター〉が望むことがまるで食い違うゲームです。〈ヒーロー志向〉クトゥルフをやると、合理的な判断ばかりをしていつまでも真相に到れなかったり、逆に怖いものに勇んで飛び掛ってあっさり殺されてしまったりします。「怖くてしょうがないけど、真相は見たい」をうまく満たすようなプレイをするためには、CoCが〈疑似体験志向〉をコンセプトに据えたゲームであることを理解するのが必要不可欠です。しかしそれは、〈ヒーロー志向〉のゲームが劣っていて〈疑似体験志向〉が優れているというわけでは決してないので、くれぐれも気をつけてください。今回の話ではありませんが、この2つの志向は、残念なことに、互いにいがみ合う傾向があります。それはRPGを適切に理解すれば、まったく不要ないさかいだと私は考えています。デザインコンセプトを正しく見極める訓練さえ積めば、どちらの志向のRPGも楽しく遊べるはずであって、そこに優劣はないのです。

*11:こういった「偽史」に「旧支配者による超常現象」を仕込む、という手法は、クトゥルフ神話でよくあることだと思われます。今回はその現場に居合わせるゲームを提供していただいたというわけです。以下、ネタバレです。反転してお読みください。今回の旧支配者はイタクァでした。原作はダーレス『風に乗りて歩むもの』だそうです。このシナリオ中のリンド氏は、ある事件をきっかけにイタクァに呪われてしまっており、5名の探索者たちは不幸にもその周到な処刑現場に居合わせてしまったのでした。かわいそうに。

*12:戦前の帝都といえば「大正時代」がよく取り上げられますが、その頃の震災前の地図データは、“史料として残っていない歴史的空白期間”になっているのだそうです。したがって『クトゥルフと帝国』再現は難しかったとか。なるほど、確かにそうだよなー。『サクラ大戦』とかの描写が結構適当なのも、そう考えるとかなり納得な気がしないでもない。そもそもあれは「太正」だしな。……近代文学研究等では麹町周辺の地図などがあったりするが、ああいったものは明治期のものなのか……大正についてどれだけモノを知らないかを、自覚してしまいます。