GOD AND GOLEM, Inc. (はてなダイアリー倉庫版)

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091008_「とある教師の虚空蔵論議」

(教師たちのミーティングルーム。円卓の周囲に4つのソファがあり,壁に近い一脚に魔術師黒瓜が脚を組んで座している。そこに大仏先生が入室してくる。黒瓜は座ったまま応じる。)

魔術師黒瓜(以下「黒瓜」)「聖アウスラ学院の件,失敗したか」
大仏先生(以下「大仏」)「そのようだ。根田切では荷が勝ちすぎたということだな」
黒瓜「次の手を打たねばなるまい」
大仏「そうだな黒瓜,儂らの弟子たちにもそろそろ出番がやってくる頃合いだ」
黒瓜「ふむ,なるほど。ヤンデルは多少不安があるが,グレテルがついていれば大丈夫だろう。過剰なストレスさえ与えなければ。奴は妹に懐く」
大仏「ベドラムに置くか」
黒瓜「導師〔グル〕の意向次第だ。我々が出るのはまだ先になるだろう。さて……大仏よ,少し時間はあるか」

(大仏,しばし沈黙。のち,語る。)

大仏「なんだ,何か用でも。カリキュラムについて話し合う事はもうないはずだ」
黒瓜「そう尖るなよ。君と私は同僚以上のものではないが,敵のことについて知見を固めて置く事は互いに取って有用なはずだ」
大仏「どういうことだ?」
黒瓜「まあ掛けたまえよ。毒屁〔ドクペ〕と山痛〔ヤマヅウ〕のどちらがいい」

(黒瓜,側の冷蔵庫から缶を取り出す動作をする。)

大仏「貴様,馬鹿にしているだろう」
黒瓜「冗談だ。これは信者用だからな。メカ沢が好いていた中国茶があるぞ。旨いから仕入れだけはそのまま続けている」
大仏「気に入らん。無駄なものを買い揃えおって。勝手に飲めばいい。話とはなんだ」
黒瓜「〈アカシックレコード〉のことだよ」
大仏「……ほう」
黒瓜「ようやく気が向いたな」
大仏「当然だ。あの小娘に手こずってるのも根本はそれしかない。五鈷杵〔ヴァジュラ〕のビームなど,封じる手はいくらでもある」
黒瓜「メカ沢はVALIS〔ヴァリス〕とも呼んでいた,奴も分からぬままに使っていたらしいが。あれは一体なんだろうと」
大仏「なんだろうもなにも。神智学に通暁したお前ならばとっくに解決済みの問題ではないのか」
黒瓜「そうではないのだよ大仏。君の経典研究をもってしてもなおゴオタマと月信仰との関連を究明し切れてはいないようにね」
大仏「そのことについてはいくらでも反論の余地があるが,まあよしとしよう。続けろ」

(大仏,黒瓜の向かい側の椅子に座る。)

黒瓜「ふむ,いいだろう。さて,アガスティアの樹,こと,アカシックレコードには,人類のあらゆる知識がそこに記述されているという」
大仏「そうだな」
黒瓜「小娘らは何らかの密教魔術により,ここにアクセスしていると考えて差し支えない。報告書が示す通りだ。しかし,改めてあの能力が何かといえば――人類,知識,記述。これがどうにも怪しい」
大仏「怪しい?」
黒瓜「まず,なぜアカシックレコードは人類の知しか記述していないのか。生命体すべて,たとえば生命の海で生まれた単細胞生物の記憶からをアカシックレコードは継承していないのか。これはグノーシスにおける霊の概念を前提としなければ,説明がし難い。つまり人間は例外的に似非造物主〔えせデミウルゴス〕とは異なる,真なるプレーローマの神から流出した霊を備えているためである,とね。しかし,密教魔術にグノーシスの理論を適用するなど,ナンセンスだ」
大仏「そうだ。仏教には霊や魂は必ずしも必要がない」
黒瓜「さらに,知識の問題がある。君は人間の意識がどのようになっているかを知っているか」
大仏「愚問だ。八識の科学的な再解釈などとうにすませておるわ」
黒瓜「そうだったな。なら続けよう。カール・グスタフユングアカシックレコードに集合無意識を仮託したわけだが,一方それに対して人間がどうアクセスするか,ということについて,適切な解釈を施したとは云えん」
大仏「ふむ」
黒瓜「ここに知識と記述の関係が入ってくる。われわれ人間は,ある種の方法によって,間接的にしか無意識を知ることができない。意識に少しでも上るものは無意識ではなく,意識になりうるものだ」
大仏「わはは,そうだ。ヤンデルにまとわりつく亡霊は,あれこそ意識の産物に違いない」
黒瓜「さて,われわれ人類は文字を扱うわけだが,文字は文字である以上,知覚可能なものでなければならないな」
大仏「……うむ,わかったぞ黒瓜」
黒瓜「ほう?」
大仏「儂の早合点でなければ,お前が言いたいのはこうだな。すなわち,“なぜ無意識の集合であるはずのアカシックレコードが,記述という,人によって意識可能なものによって説明されてしまっているのか”」
黒瓜「さすが我が僚友,と言っておこう。その通りだ。確かにしばしば,アカシックレコードの文字は〈神代文字〉などと呼ばれ,人間には知覚不可能な領域をもつ言語システムであることが謂われる。しかし,それにしたって部分的にでも知覚できるなら,事の本質は変わらない。フロイト以降の精神分析が示したのは,無意識とは,そもそも人間には観察できない,圧倒的な知覚不可能存在――だが,人々は必ずそのような部分をもってしまっている――だったはずだ」
大仏「アカシックレコードやらVALISやら唯識論的本質直観やらの実態は,集合無意識という概念では説明ができないな」
黒瓜「そう。そこに私は,魔術師ユングの敗北を観る。むしろジャック・ラカンの方が,無意識を無意識として眺めるという着眼点においては,始祖フロイトより徹底していたと言えるだろう」
大仏「そこは……」
黒瓜「なんだ?」
大仏「いや,なんでもない。ラカニアンとは昔,少々苦い思い出があってな」
黒瓜「むしろラカンは幻術を解く方に働くからな。よく訓練されたラカニアンは,我々とは相性が悪かろうよ。しかし,素朴なユングよりはマシかもしれぬ。このあたりはいずれ井筒博士とジェインズ博士の研究を紐解かねばなるまい」
大仏「そのような暇があるかな」
黒瓜「わからん。メカ沢がいなくなって研究費も随分と削減された」
大仏「くはっ。いいのか黒瓜,まるでそれでは,教団の教義のためではなく,研究のために教団にとどまっているように聴こえるぞ」
黒瓜「構わんよ。今更本音を互いに聞いたところで蹴落とし合いをするような莫迦でもあるまい」
大仏「傑作だな。反対すべき点がみつからない」
黒瓜「ソワカメカ沢,マローラモ。それぞれが何か名前のついた魔術によってアカシックレコードにアクセスしているわけだが,ここにおいて記述されるものが『読み取れる』とするならば――」
大仏「それはすでに無意識のものではなく,意識に属するものになっている。その矛盾をどう考えるか,ということだな」
黒瓜「そうだ。そこがわからなければ,アカシックレコードに書かれた知識とは一体何なのかもわからない。大仏よ。奴らはそれぞれアカシックレコードにアクセスしている時,一体それは人間の知性のどの部分とアクセスしているのだろうな? 言語化しうる領域? それともイメージを処理する脳野? その時の情報の流れとは実体的なものなのだろうか?」
大仏「黒瓜。お前のその話がなにがしかの結論に至ったとして,だ。あのソワカとかいう小娘に対抗しうる方策は,導きだせると思うか?」
黒瓜「わからんよ。しかし,我々は現に負け続けているのだ。小娘にではない。虚空蔵に。VALISに。唯識論的本質直観に。能力を持たない我々にとって,キャリアのすべてをかけて考え抜く必要があるとは思わないかね?」
大仏「うぬぬ」
黒瓜「それにしても喉が渇いたな。大仏,飲み物は」

(黒瓜,再び毒屁と山痛を取り出す仕草。)

大仏「貴様,わざとやっているだろう」
黒瓜「ふむ,ばれたか。ちなみにこれの中身は単なるドクターペッパーだ」

(大仏,顎を落としたように口を空ける)

大仏「……おい,ちょっとまて。毒屁とドクターペッパーの,何が違うというのだ?
黒瓜「何を言っている,全然違うではないか。旨いぞ」
大仏「いやその理屈はおかしい」

(黒瓜,“ドクターペッパー”を勢いよく飲みだす)

大仏「おい! 待て! 早まるな! 名前がどう変わろうとドクペはドクp……」

(黒瓜,止まらない)

大仏「まt……ィぃ……クロウリィィ」

(遠ざかる音声,エコー,そして暗転)

(十秒ほど,黒一色の画面)


――(機械音声)この動画は,ご覧のスポンサーの提供でお送りしました。

(青い背景に「Cool-young Love」「愛欲と妄執の日々」「くろうりすいっち」など,巫山戯たハンドルが並び,やがて動画,止まる)




護法少女ソワカちゃん 二周年記念「ソワカ杯」参加文章)