GOD AND GOLEM, Inc. (はてなダイアリー倉庫版)

2007-2012まで運用していた旧はてなダイアリーの倉庫です。新規記事の投稿は滅多に行いません。

080225_「Dove Psychedelico」

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「うぉーい、たいへんだよう」

「うっさいなあ。ヤマさんの“たいへんだよう”は別にオレに取っちゃなんでもないんだよ」

「違うってば。今回のは本当に大変なんだってば。ほら、ダンボールから出て」

「……ぁにがよ」

「ハトが暴れとるんじゃ」

「ハトォ」

「ハトがヒトに群がっとーね」

「ごめん、ワケわからん」

「今はさゆりばあさんが突ッつかれておおごとじゃ」

「あー、あのばあさん。泣きっ面に蜂ってやつだな」

「いや、ハチじゃなくてハト」

「知ってるよ。ヤマさんは本当にいいやつだよなあ」

「とにかくさゆりさん助けにいこ」

「いや、俺どうすればいいの」

「まあ、とにかくあそこで騒ぎになってるから」

「へいへい。まあ見るだけみて。よっこいしょ」

「いそいでコトさん」

「まあばあさんがハトに眼ン球えぐられる前にゃ着くだろ」


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「あれま。こりゃ本当に大ごとだ」

「んぅぅ。眼ン球間に合わなかった」

「警察来るよなあこりゃ。いやはや、面倒なことになった」

「ナンマンダブナンマンダブ」

「ヤマさん。残念なんだが、その言葉ァ役にたたねえぜ」

「え、なんで」

「“南無阿弥陀仏”ってのはな、それは死ぬ前にな、そいつ自身がはっきり真剣に祈って言わねえと救われない文句なんだ。そういうことになってる」

「そうか。さゆりばあさんが言ったかどうか、ワシわからんからのう」

「まあ不幸そうなばあさんだったから一度は言ったかもしれん」

「天国へいっておくれさゆりさん」

「天国じゃなくて極楽浄土じゃねえかな。まあこまけえことはいいや。とりあえず警察が来るまでにどうにかしよう」

「どうにかって」

「まあ掃除はこの辺の奴に任せてだな。殺人バトをどうにかするんだ。これ以上ほっとくと俺たちもどうなるかわからん」

「そうだよなあ。敵を取ってやらんとなあ。さゆりさんかわいそう」

「とっちめてもハト肉にして売れるわけじゃないのが残念だ」

「え。売る気だったの」

「フレンチレストランはフランス産のハトしか使いやがらないんだ。こんな公園のハトなんか買ってくれやしねえ。まずいらしいぞ、公園のハト肉」

「コトさんは商魂たくましいなぁ。ところでハト料理食べたことあるんだ」

「何回かな。平和の象徴を食ってもなんもいいことねえ。特盛牛丼とどっこいどっこいだ。さて。ヤマさんよ」

「んぅ、なんじゃい」

「なんでハトが暴れたんだ」

「さてな。ワシは見た以上のことしか」

「ばあさんが襲われた時に回りに誰かいたか」

「んぅ。ヤジウマやらバカップルならたくさんおったが、関係ありそうな人はおらんかったなあ」

「手がかりなしか。しっかし、カラスならともかく、ハトが人を襲うってのは今まで例があるのかねえ」

「きいたことないわ」

「とりあえず網だ網」

「網。コトさんなんで」

「ばっか、捕獲するにも防ぐにも、何かと入り用だろ。その辺のでかいポリバケツも、ゴミ出してかぶりゃなんとか防げる。ちょっと臭うけどな」

「コトさんあたまいいなあ」

「もっとアタ──まあヤマさんには別の方面で頑張ってもらうからいいか」

「別」

「オレはちょっとその辺の網かっぱらってくる」

「掴まえる用の」

「ああ。ヤマさんは、ポリバケツの近くでできるだけ聞き込みしておいてくれ。襲われたらそれかぶって、オレがやってくるまで待て。あまり無理はするな」

「うん、わかったよ。コトさんも気をつけて」

「ああ」

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「なんてこった──ポリバケツすら食い破るってのか」

「おいちょっとそこの君」

「あんだよ。あ、もしや本職の」

「本職の、なんだね」

「いや、えーと。その。ああ、手帳出してくれりゃ早いよね。そういうことです。それホンモノか。一戸〔イチノヘ〕さんね」

「ニセ警官だったらもっと警官らしい格好してるよ。で、君はそこの被害者と知り合いかね」

「ガイシャっていわないの。ドラマみたいにさ。最近テレビもないから見てないんだけど」

「一般市民に専門用語で話しかけるのは警官としてどうかな。で、はぐらかさないでくれ」

「ああ、そうだ。ヤマさんは確かに俺の知り合いだよ──“だった”よ」

「ずいぶんと年齢差があるな」

「“ここ”の人だから。まあ、つるん、で、た、わけだよ。ああ畜生。過去形なんかつかいたかねんだよチクショウ」

「なるほどね」

「警官さん、なんか他の警官と違うな。高圧的じゃないっつうか。気さくでもないけど」

「偉そうな顔して聞き込みする奴がいたら、それはよほど舐められた時か、最初から自分の本分を勘違いしている奴だと思った方がいい。どこの職業でもそういう勘違いは似たような割合でいるよ」

「お兄さんカッコいいわ」

「で、君の名前は」

「コト・ヤスナリ」

「偽名だな」

「──なんでわかった」

「川端はあらかた読んでしまっていてね。そんな都合のいい名前がそうそうあるとは思えない。君は京都の出身かね」

「警官さんにはかなわねえなあ。ああ、確かにそうだよ。もう東京弁に慣れちゃったけど」

「本名を教えてくれないというのならそれでもかまわない。問題はここで“何が”起きているのかということだ。記者が盛り上げて猟奇事件に仕立てる前に、どうにかしたほうがいい」

「俺もそう思うよ。さゆりばあさんはともかく、ヤマさんはいいやつだった」

「二人被害者が出ているが、“ここ”の人なのかね」

「そうだよ。さゆりばあさんは最近来たばっかで、色々とモンダイのある人だったけどね。でも、ハトはそんなの関係ねえだろ」

「ハト。ハトがあれをやったっていうのか」

「信じられないけどね。殺人バトだぜ。どこのB級ホラーだっての。あのプラスチックまで壊しやがった。ドーピングでもされてるとしか思えねえ」

「まて、今ドーピングと言ったな」

「ん。いったけど」

「最近犬や猫でも同様の事件が起きているのは知っているか」

「いや、知らない。俺はケータイもラジオもないしな。ステキ鬼太郎ライフ。で、イヌネコがどうしたって」

「人を襲うわけだ。さっきのハトみたいにな」

「そりゃまたどーゆうわけで」

「話す必要があるのか?」

「話さないと協力したくないんですけどぉ」

「いいだろう、君にはもう少し手伝ってもらいたいことがあるからな」

「どうかなー。バックレるかもしれない」

「バックレた場合は、いずれ事情聴取にだけ来てもらえるようにするよ」

「つまんなさそ」

「では協力してくれ。事情聴取の名目で、家出少年を保護するのは簡単だ」

「協力するから見逃してくださいたのんますマジで」

「調子がいいな君は──動物用の特殊なドラッグを摂取させる奴がいるらしい。最低でも動物愛護法違反で起訴できるのは間違いないが、他人を襲ったペットの飼い主までが裁判沙汰に巻き込まれてな。色々と調べているうちに、そのドラッグの存在が浮かび上がった。犯人も、ドラッグの経路もよくわかっていない」

「カソーケンとかでは、成分特定とかしてないのかい」

「良く知ってるな。科捜研ではアンフェタミンだけじゃなく、アルカロイド系物質など、身体的な能力を向上させる物質が入っているらしい。しかし、なぜここまで凶暴になるのかの説明はまだついていない」

「はあ。その辺は俺にはよくわからんけど、とにかく、ハトを殺人バトにしているクソ野郎がいるってことでいいんだな」

「性別は特定できていないが、その方針で探したほうがよいかもしれないな」

「手伝っていいかい。ヤマさんの仇は討ちたい」

「ああ。これ以上被害を増やさないのが市民としての義務だ。今ハトがどこに行っているかを探そう──電話だ。『イチノヘです。──ええ。そうですか。──大丈夫です、もう少し、はい。こちらにおりますので──了解しました。では、失礼します』すまない。機動隊がもう少しで出るらしい。それまでは我々でどうにかしよう」

「キドータイっすか」

「これは武力鎮圧が必要なレベルだ。ハト相手になんとも馬鹿らしいが、そうもいってられない」

「まーたしかに。で、一戸刑事」

「なんだね」

「この網、使えるかな」

「わからない。ポリバケツを食い破るハト相手だ。有効半径は広いが、長持ちしなさそうだな」

「りょーかい。まあ、やってみますか」

「そうだな。まあ、いざとなったら彼らに任せてしまおう。私たちは別に、ハト退治の専門家ではないからな」

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 機動隊が大量のハトの死骸を量産し、警察が2本の死体袋〔ライフバッグ〕を持ち去った時には、長身の刑事とホームレスの少年は、公園から姿を消していた。

 翌朝、都内で麻薬の売人をしていた島田タカシ(25)が、この通称「殺人バト事件」の実行犯として逮捕され、動物愛護法違反と麻薬所持の疑いで書類送検された。しかし「動物を利用した意図的な無差別殺人」というこの事件をどう裁くかについては、前例がみつからず、マスコミは連日この事件について報道を続けている。

 そんな事件も数ヶ月経って日本中の誰もが次の事件に興味を移していた頃、週刊誌の片隅にとある小さな記事が載った。それは島田タカシ容疑者(25)が取調べに対して終始口をつぐんでおり、供述書の作成が遅々としてすすまないことを述べたものだったが、本記事は唯一容疑者が呟いたという台詞から記者独自の想像を働かせたものだった。想像というより妄想の類にあたるものとも言えるが、ともあれ以下にその部分を抜粋しよう。

「ところで、これはあまり当時の報道でも取り上げられたことだが、彼は逮捕当時、満身創痍の状態だった。そのため彼は取調べの前に数日間病院で治療を受けたそうだが、これは彼が直前にどこかで争いに巻き込まれた結果であると思われる。
 彼の発言にある『平和の使者』と呼ばれる存在が一体誰だったのかは、彼の発言から読み取ることはできない。彼自身は薬物中毒者ではない。また精神鑑定の結果、責任能力も十分にあったという。したがってこれが幻覚という可能性は考えにくい。
 もしかすると、おそらく本当に、『平和の使者』(と自称する何者か)が、彼を逮捕直前に私刑〔リンチ〕にしたのではないか。そしてもしそのような『平和の使者』がいるのだとすれば、それは平和の象徴を殺人の道具にした島田容疑者に対する、正義の具現だったのかもしれない。
 筆者は時間の及ぶ限り、この『平和の使者』の正体を探ってみたいと思う。(守口)」

 この守口亨という記者が、その後『平和の使者』に会えたかどうかは定かではない。


(了)


(2007年09月01日執筆の再編版)