GOD AND GOLEM, Inc. (はてなダイアリー倉庫版)

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080217_「カピチュリヤのおまじない」


「オホン。ところで君は、〈カピチュリヤ〉をご存知ですかな」
「〈カピチュリヤ〉? なにそれ」
「ぬぬぬ、知らないと仰るか。それはそれは。では、この話は仕舞いといたしましょう」
「いやあ。おじさん、そりゃないでしょ。気になるじゃん〈カピチュリヤ〉」
「なんと! 〈カピチュリヤ〉が何か知らないのに私に〈カピチュリヤ〉の何たるかを説明しろと! ああ、なんたること! 私には決してできない、ああ」
「はぁ。〈カピチュリヤ〉ってカリカチュアのお友達か何か?」
「いいえ、違いますとも」
「じゃあ何なの〈カピチュリヤ〉って」
「ですから知らない方に説明するのは無理。ムリムリ。ムリが通ればドうリもひっこむ」
「ひっこませようよ道理」
「そうはいきません。天下の大道は守られなければならんのです」
「おじさん保守的だねえ。“貞淑な妻”とか、未だに信じているんでしょ」
「私は独身貴族ですがなにか」
「ヒトリヤモメなのはとっくに気付いてたからいいよ。べつに」
「うう、ひどいなあお嬢さんは」
「だから結婚できないんだよ」
「うう」
「まあいいよ。おじさんが独身だろうと恐妻家だろうと尻に敷かれてようと、〈カピチュリヤ〉さえ説明してくれれば私はおじさんのこと認めてあげるからさ」
「それはできません」
「なんでさ」
「〈カピチュリヤ〉はそれほど言葉で説明できないものなのです」
「なんだろ、その。ブルース・リー?」
「あチョオ」
「そっちじゃなくて。"Don't think, Feel."」
「お嬢さん発音が美しいですね」
「うん、シアトルに居たから」
「なるほどなるほど。しかし確かに〈カピチュリヤ〉は考えるより、感じなければならないものですよ」
「それってズルくない?」
「は、何がですか」
「要するにそれって、〈カピチュリヤ〉を否定するなって言っているようなものじゃない。知らないものを信じるなんてバカのすることだよ」
「ふーむ。お嬢さんはあれですな。アレ」
「アレとは失礼だね」
「アレですよアレ。頭が良くなればなんでも物事を把握できると思えるくらいに、優秀な道を歩まれてきたのですな」
「や、そうでもないけど」
「そういう人ほど自分では自覚していないものです。挫折を知らないのです」
「それってアレよねー。アレアレ」
「こら、真似しないでください」
「まるでこの世のすべての人の挫折を代表しているみたいな物言いだよねー」
「気に入りませんか」
「ぶっちゃけムカつくよねー」
「まあ存分にムカつかればよろしいでしょう。私は私の思うことを指摘したまででございますよ」
「まあいいじゃん。挫折を知らない人間と、挫折の代表人とがこうして喋っているってのもいいシンメトリーじゃない?」
「なるほどたしかに」
「で、話は戻るけど、〈カピチュリヤ〉ってどうやったら説明可能なの?」
「どうしても私に〈カピチュリヤ〉を説明させたいのですね」
「まあね。気になるじゃん〈カピチュリヤ〉。ミョーに語感もいいしさ」
「語呂が良いのは大事なことです。カルピス,エピキュリヤン,スピリチュアル,キャプチュア」
「おじさん三文詩人みたいでステキ」
「褒められていると思っておきましょう」
「お好きにどーぞ」
「まあ、いいでしょう、〈カピチュリヤ〉についてお話しましょう。しかし、その前にすこし言葉遊びをしましょう」
「さんざんしてんじゃん、さっきからさ」
「そうではないのです。これはもう少し厳密な言葉遊びなのです。ルール無用な言葉遊びではすぐに飽きるでしょう」
「一理あるね」
「ですから、もう少し確認しておかなければならないことがあるのですよ。さて、〈カピチュリヤ〉ということばがもし」
「もし?」
「まったく何ものをも指示しない、無意味なことばだとしたなら、どう思われますか」
「それは〈カピチュリヤ〉が単なることばでしかないってこと?」
「その通りですよ。ググっても出ませんし、オックスフォード大事典にも載ってないわけです」
「まあ、だとしたなら、おじさんがどうして〈カピチュリヤ〉が重大な意味をもってるかのように振舞うのかさっぱりわからないことになるね」
「さて、私がウソをついているかもしれないですよ」
「んー? よくわかんないな。まあ、おじさんは存在自体がウソみたいな人だからそれでもいいんだけどさ」
「私は誠心誠意紳士の人ですよ」
「ここ笑っていいところ?」
「どうぞご自由に」
「じゃあ笑っておこう」
「ニヤニヤなさらんでください」
「自由に笑えるのは大事なことだよ。でまあ、〈カピチュリヤ〉が無意味だとしても、ほかに無意味な言葉なんていくらでもあるわけじゃない」
「といいますと、たとえば?」
「愛だとか正義とか。ちなみに私の名前は“愛理”っていうんだけどさ」
「アイリ。ステキなお名前ですね」
「全国津々浦々の愛理さんにゃ悪いんだけど、この名前、大ッ嫌いなのね」
「いいお名前じゃないですか」
「だって、“愛のコトワリ”だよ? ありえない。何考えてんだかって感じだよね。ロジカルなラヴだよ? そんなのあるわけないじゃん。別にクリスチャンの家でもないわけでさ、『汝の隣人を愛せよ』ってわけでもないしさ。イヤな奴でも愛せる愛なら確かにすごいけどさ、でも親はそーゆーこと別に全然考えてもいないわけ。ロマンチック・ラヴとか、そういう愛なわけ。それに理なんて感じつけるわけよ? もうちょっと頭使って欲しいと思うよ」
「そこまで解釈しているのであれば、親御さんがどう思われようと自分なりに意味づけすればよいじゃないですか」
「でもそーいうのって、つけた側のコンセプトによってある程度クオリティが決まっちゃうものだと思わない?」
「なるほど、あなたは──名づける側の意識を問題にしておるわけですな」
「ま。そういうことになるかもね」
「言霊ですな」
「コトダマ?」
「まずはじめに言〔ロゴス〕あり。言〔ロゴス〕は神と共にあり。ヨハネ福音書のはじめのところですよ」
「ん、日本のなんかじゃないわけ?」
神道の方が本流ですな。まあつまり私がいいたいのはですな、言葉は発せられたその時にちゃんと意味をもっておるという考えです。あなたの親が愛理という名前をある意図によってつけたら、それは一生そのままであるというわけですな」
「ヤな話だけどね」
「しかし、それは果たして正しい考えなのでしょうか。たとえば〈カピチュリヤ〉は、ネタをばらしますと、本当に意味がない言葉なのです」
「──おいざけんな、おっさん」
「あなたは英語が綺麗なのに日本語の方はうすぎたないのですなあ。
 まあそれはさておき、では私も言霊を使わせてもらいましょう。
 “〈カピチュリヤ〉とは、単なる言葉の羅列を言葉の羅列でなくしてしまうようなある種のやりとりであり、もとから意味を持った言葉の羅列から意味を奪い去るようなある種のやりとりである”
 さて、これで意味は吹き込まれた」
「は?」
「今この瞬間、君と私のあいだで〈カピチュリヤ〉はとりあえず意味をもったのですよ」
「いや、だって今つくったじゃん、それ」
「おお、こわいこわい。あなたは辞書やウィキペディアに載っているものだけが意味あるものとお考えなのですかな? いやはや、現代の教育とは恐ろしい。権威的なものに対する批判力を丹念にとりのぞいておるようです。今年の夏のイカの内臓ですら綺麗に抜き取ってしまうような華麗な手さばき」
「……ち、そういうことか」
「お気づきになりましたか、お嬢さん。私は今まさに貴方に呪〔まじな〕いをかけておったのですよ。〈カピチュリヤ〉という無意味な単語がまるで意味を持つような言葉のキャッチボールをした後、そっと一息吹き込むだけで、意味を持たせてしまったわけです」
「意味を持たせるきっかけを作ったのは、おじさんじゃなくてわたしの方。ってわけでしょ」
「そうです。ほんとうは誰にもできることなのに、これをあえてやろうとする人間はなかなかおらんのですな。かくして、魔術師の人口は減る一方なのです」
「魔術師? なにいってんの?」
「言葉を捏造するもののことですよ。意味そのものと意味を表すことばの間に、本質的な関係などありません。なら、言葉に意味を吹き込むためには社会的な営みが必要不可欠であるのも当然ではないですかな。魔術とは言葉をつかってやる政治のことですよ。ペンは剣よりも強し。口もまた然り」
「いや、それはいいんだけどさ。おじさんのおまじないは不完全だよ。そもそも私は〈カピチュリヤ〉なんて認めないし、社会的にもそんなの広まるわけがない。そもそもその〈カピチュリヤ〉って、なに由来なのかもわかんないし」
「ゼロからイチを生み出しているわけじゃないですよ。らんぼうに言ってしまいますが、音素は漢字やアルファベットと同じです。組み合わせるべき記号があるなら、別にそれにどんな意味を載せたってかまわんでしょう。それにあなたも言ったじゃないですか」
「なにを?」
「〈カピチュリヤ〉のよさは、まず“その妙な語感のよさ”です」
「あ」
「まあ、使ってください。〈カピチュリヤ〉はまず、あなたのお名前を両親の言霊から奪還する効果があるでしょう。なかなか有用だと思いますよ。探そうではないですか、あなた自身の“愛の理”を」
「なんかおじさんがそれ言うと、セクハラにしか聴こえないね」
「なんというひどいことを」
「まあ、挫折を知っているわりには気骨のある人だってのはわかったよ。ちょっと感心した」
「それはありがたいことですよ。一日の長ってやつです。おっとそれでは、そろそろ行かなければ。英会話スクールに行く必要があるのです」
「おじさん、もうちょっとアゴの訓練したほうがいいよ。それじゃ日本人訛りからぬけらんない」
「ごもっともです。自覚してはいるのですが。お嬢さんにご指導いただきたいくらいです」
「まあ、暇があればいいよ。わたしもそんなしょっちゅう空いてるわけじゃないから」
「左様でしょう。まあ、しかし──その──なんだかあなたのような年頃のお嬢さんに教えてもらうなんて、まるで藤原伊織のご都合主義みたいで──その──なんともはや」
「何いってるかわからないけど」
「わからなくてもよいこともあります。では、さようなら」
「はい、さようなら」



「あ、連絡先わかんないや」

(初出:2007年08月31日)