GOD AND GOLEM, Inc. (はてなダイアリー倉庫版)

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070802_キース・ジャレット


 午前中に家にいると、時おり近所からやたら巧いピアノの音が流れてきます。それがあまりにも素晴らしいものですから、おもわず菓子折りを持ってその立派なしつらえの一軒家に挨拶をしに行ったら、はにかみ顔のキース・ジャレットおじさんが笑って出迎えてくれました。

 広めの室内にでんと置かれたグランドピアノの前で中腰になって、体を前後にぶらぶら揺らしながらうーうー呻いてピアノを弾く姿を傍目でみると“あっちゃー、こりゃ見ないほうがイメージ壊れなくてよかったかな”と思ったなんて、本人には口が裂けてもいえないのですけれど、それでも陽のさすところに設けてもらった籐椅子に体を預けて耳を傾けていると、彼の突き抜けて軽やかなうつくしい音色に、幸せな気持ちにさせられるのでした。陽の注ぐ窓のほうを見やると、そこにはよく手入れのされたベコニアとパンジーの鉢植えがありました。もっと奥にある広い庭には、見ごろの季節がおわりそうな紫陽花も咲いていました。


 熱っぽく延々と弾き続ける彼の後ろ姿を見ていると、これを聴いている私よりも、きっとキースおじさんのほうが私の何倍も楽しいのだろうと思えてきます。まだ僕たちの祖先が神話の時代に居た頃の神懸りの司祭というのは、気むつかしい顔なんかせず、意外とこんな感じで笑っていたんでしょう。

 陶酔してぼーっと中空を眺めているうちにいつのまにか演奏が終わっていて、おじさんはキッチンのほうへ歩いていこうとしていました。

「お茶にしよう。君は珈琲党かな、紅茶党かな」

「アイラ党です、といいたいところですが、珈琲にします」

ウイスキーもあるよ。バーボンだけど」

「いや、Jazzといえば珈琲というのが日本の流儀なんですよ。気むつかしくJazzを聴いていた僕たちの国では、いつのまにかそういうことになっているのです

「HA, なるほどね。詳しく聞かせておくれ」

「いやいや、つまらない話ですよ」


(2007.07.08)

生と死の幻想

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