GOD AND GOLEM, Inc. (はてなダイアリー倉庫版)

2007-2012まで運用していた旧はてなダイアリーの倉庫です。新規記事の投稿は滅多に行いません。

TRPGシステムデザインにおける「ゲームスケール」の考察――『Aの魔法陣』の場合

 以下の文書は、TRPGシステム『Aの魔法陣』における「抽象度」(あるいは「ゲームスケール」と呼んでもよい)の取り扱いについて、筆者(高橋志臣)が自習用にまとめたものです。*1
 Aの魔法陣の抽象度概念について適切な説明となっているかはわかりませんが、現時点での私のシステム解釈として読む限りにおいては、『Aの魔法陣』のセッションデザイナー(=一般的に言うところの〈ゲームマスター〉)の役に立つかもしれません。そういうわけで、せっかくなのでここに公開することにします。
 なお、この記事はおそらく、最近出た『Aの魔法陣 ガンパレード篇』の設計思想とは多少異なる解釈をしています。Aの魔法陣』三版本体と『Aの魔法陣 ガンパレード篇』は、いわばBasic Role-Playing(BRP)『クトゥルフ神話RPG』との関係に近い(と筆者は考えている)ことを念頭に置いて読んでください。
 つまり、今回私が書いた記事は、たとえるならば「BRPを使ったマスタリングの傾向」という、かなり抽象的かつ基礎設計論的な話に近く、決して「CoCにおけるマスタリングのハウツー」というような、即座に実践に使えるような類の記事ではない、ということです。この点、あらかじめご了承いただければ幸いです。

要約

Aマホは、抽象化の程度を、以下の3つの概念を定義・定量化することによって実装しています。

  • 〈判定単位〉
  • 〈根源力〉
  • 〈成功要素〉

 これらの概念をゲーム的に整理することによって、『Aの魔法陣』は、セッションで扱う状況の抽象度を上げ下げすることが可能になっています。
 これを応用して、1つのシステムで様々な状況を記述することを、『Aの魔法陣』では「ズーム&ダイブ」と呼びます(芝村2006: 334-5)。
 ただし、単に「ズーム&ダイブ」するだけで面白いものができるわけではありません。それぞれのスケール・それぞれの状況に合わせた適切なセッションデータを作成することが、「セッションデザイナーが面白いゲームを提供する」際に重要となります。Aの魔法陣』において「ゲームの面白さ」を設計する能力と責任は、システムデザイナー(=ルールブックそれ自体の出来)だけではなく、セッションデザイナー(=現場でゲームを運用する人)にも問われています。『Aの魔法陣』は、そのことを前提にして、システムが設計されています。

(重要な補足:ただし、ガンパレード篇』については、この限りではありません。SDの負担が軽くなるような工夫が、随所になされています。あくまでこれは、三版基本ルールブックの設計思想について言及するものです。)

 今回説明するのは、『Aの魔法陣』において可能な「ズーム&ダイブ」の仕組みそれ自体についてです。これだけを学んでも、『Aの魔法陣』で面白いセッションをデザインできるとは限りませんが、その一つのヒントにはなるかもしれません。

1.〈判定単位〉

Aの魔法陣』には〈判定単位〉という変数があります。
これは、「そのゲームでは、どれくらいの規模のものを扱うか」ということを、数値で表したものです。2006年の3版ルールには、数値の意味合いはだいたい次のように説明されています。(芝村2006: 77)

判定単位 対応するゲームスケール
0.01 微生物サイズの表現
1 昆虫サイズの表現
10 精密表現サイズ
100 人間サイズ
200 ウォードレス(2人前)サイズ
1000 小隊・戦車(10人前)サイズ
5000 中隊・航空機(50人前?)サイズ
100000 師団・軍艦(1000人前?)サイズ*2


 これらの数値が高い方が、「抽象度が高い」ようになっています。基本は100、1000や5000といった数字は、それぞれウォーゲームにおける「戦闘級(200)」「戦術級(1000)」「作戦級(5000)」「戦略級(100000)」という風に喩えることができるかもしれません(厳密には少し数値の対応が違うかもしれませんが、ウォーゲーム的な発想をここに読み取ることは、間違いではないでしょう)。

 そしてセッションデザイナー(SD)は、セッションデータ(=一般的なTRPGにおける「シナリオ」に位置づけられるもの)を作成する際、それぞれの状況がどれくらいの規模・抽象度を持つかを勘案し、〈判定単位〉を決める必要があります。

2.〈根源力〉

 一方、プレーヤーキャラクター(PC)の強さは、「根源力」という数値で表現されています。これはゲーム内で「PC」と呼ばれる存在の、絶対的な強さを表現するものです。通常、常識的な意味での「一人の人間」の能力は「根源力:1000」と定義されています。したがって、「日常生活における(判定単位100)/一人の人間(根源力1000)」が、『Aの魔法陣』における基本的な比率となります(後述する計算によって、この場合のPCの〈成功要素〉の最大数はおおよそ「10」前後となります。「判定単位:100」かつ「根源力:1000」ならば「成功要素:10」。このセットを覚えておいてください。)
 ただし、この場合、「PC」が人間であるとは限りません。昆虫だったり、戦艦や一個師団だったり、土地や都市、国家そのものだったりするかもしれません。あるいは精霊や神といった、私たちが知覚し得ない超自然的存在かもしれません。つまり、PCとして想定される一個の行為主体(エージェント)は、必ずしも「通常の人格を備えている」あるいは「常識的に存在しうる」ようなものでなくても良いのです。プレーヤー自身が、その「PC」の持つリソース(私個人はこれをしばしば〈管理資源〉と呼びます)を使って、ゴール目指して遊べればよい。それさえ可能なキャラクターであれば、どんなPCがあっても構いません。
 つまるところ、SDがそれを「プレーヤーが管理できる一個の主体的存在」であると認め、それ専用のキャラクター作成指針をうまく提供できていれば、『Aの魔法陣』では、極小から極大まで、どんなPCでも遊べるということになります。

3.〈成功要素〉の算出

 さて、〈判定単位〉と〈根源力〉について説明しました。しかし、これら2つは、プレーヤー自身が扱う管理資源ではありません。
Aの魔法陣』では、この2つの数値を組み合わせて、ゲーム上唯一の管理資源である〈成功要素〉を算出します。

 成功要素の公式は、細かいルールを省くと、次のようになります。*3

〈成功要素〉=〈根源力〉/〈判定単位〉
(※端数は四捨五入)

 つまり、〈根源力〉を〈判定単位〉で割るわけです。〈根源力〉が分子、〈判定単位〉がその分母です。これを図解すると……。

 そこ、笑わないように(書いた方は笑う。アハハ、アハハ)。

 さっき「覚えておいてね」と書いた公式を当てはめると、一発です。

       1000
 10= ──────
        100

 というわけで、「一人の人間(1000)が日常生活の判定をする(100)際のMAX成功要素登録数」が「10」である理由が、数字で把握できるようになってきたと思います。一般的な人物が、ある状況に対して手数を1〜10までもっている(そして、使ってうまくいくのは毎回2個から、頑張って7個くらいだろう)という状況想定をしているわけです。

 これを、ほかの場合についても色々考えてみましょう。
 私が思いつく限り適用してみた場合の事例を、表にしてみました。以下の判定単位の解釈は高橋個人の恣意的な判断基準によるものであり、最終的にはSD個人のスケール感覚によります。あくまで「私がコンバートするならこれくらいのスケールで考える」と見てください。
 

キャラクターの原型 根源力 与えられた状況 判定単位 計算 成功要素の最大登録個数*4
一人の人間(2009年の日本人学生) 1000 学校で授業を受ける 100 1000/100=10 10
一人の人間(2009年の日本人学生) 1000 情報科の授業で電子回路を設計する 10 1000/10=100 100
一人の人間(2009年の日本人学生) 1000 旧ソ連製戦車から逃げ切る 1000*5 1000/1000=1 1
二次大戦時の日本軍パイロット 3000 米軍飛行機を撃墜する 300 3000/300=10 10
二次大戦時の日本陸軍中隊 5000 ノモンハン事件に参加する 200 5000/200=25 25
二次大戦時の日本海軍空母 100000 ミッドウェー海戦に参加する 2500 100000/2500=40 40
中つ国の英雄(一人) 5000 オーク部隊(十人)を一人で打ち払う 200 5000/200=25 25
中つ国のエルフ弓部隊(十人) 5000 オーク部隊(十人)を連携して撃退する 1000 5000/1000=5 5
中つ国の「旅の仲間」 9000000*6 サウロンの指輪を火口に捨てる 10000 900000/10000=90 90
グローランサオーランス人(一人) 3000 部族の歓待を受けるため儀礼を遂行する 300 3000/300=10 10
グローランサオーランス人(三十人) 30000 ボールドホームの大火後、どこかへ移住する 2500 30000/2500=12 12
グローランサのジャ・イール(個人) 1000000 サーター反乱軍と一戦交える 50000 1000000/50000=20 20
新和版『D&D』の1レベル冒険者 1000 ゴブリン退治を完遂する 300 1000/300=3.333... 3
『T&T(五版)』の1レベル冒険者 1000 ゴブリン退治を完遂する 500 1000/500=2 2
ソードワールド(初版)』の1レベル冒険者 2000 ゴブリン退治を完遂する 200 2000/200=10 10
GURPS(三版)』の100CP冒険者 1000 ゴブリン退治を完遂する 20 1000/20=50 50
『D&Dv3.5』の1レベル冒険者 2000 ゴブリン退治を完遂する 50 2000/50=40 40
『D&D4e』の1レベル冒険者 2500 ゴブリン退治を完遂する 250 2500/250=10 10
アリアンロッド』の初期冒険者 3000 ゴブリン退治を完遂する 300 3000/300=10 10
ウォーハンマー(二版)』の初期冒険者 1000 砦の傭兵として三日間を過ごす 50 1000/50=20 20
『深淵』の初期PC 3000 砦の周辺に起きる運命を華麗に生き抜く(死亡可)) 200 3000/200=15 15
『CoC』の探索者 1000 古城の周辺に起きる恐怖を追体験する(死亡・発狂やむなし) 50 1000/50=20 20
シャドウラン(四版)』の初期PC 4000 メガコーポ傘下の研究所からバイオウェアサンプルを奪取する 100 4000/100=40 40
トーキョーN◎VA-D』の初期PC 16000 悪の研究所からバイオウェアサンプルを奪取する 1000 16000/1000=16 16
異界戦記カオスフレア』の初期PC 20000 ネフィリムの狂った科学者(ダスクフレア)を倒す 1000 20000/1000=20 20

 と、このように、色々と記述の豊かさやスケールが調整できるわけです。最終的に〈成功要素〉は、1個あたり「1つの単語」となり、それを組み合わせて行動宣言と成功判定をしていくわけですが、多ければ多いほど必要な描写は細かく、また少なければ少ないほど描写は端的になっていくでしょう。後は現場の好みです。
 いろいろな物語的状況・TRPGシステムが、ある特定のスケールを前提として記述されていること。そしてそんなスケールの尺度自体を『Aの魔法陣』はまるごと変数として取り扱おうとしていること。この2つの発想が『Aの魔法陣』のシステムにおいて実装されていることが、上の表によってよりわかりやすくなったのではないでしょうか。
 

テクニカルリードアウト

 さて、これができて、実際のセッションに面白く使えるのかどうか?
 それをシステム『Aの魔法陣』は、必ずしも保証しているわけではありません。
Aの魔法陣』は、近年の国産システムデザイン思想とは異なり、楽しさを保証するのがSD自身であると、コンセプトデザインに書かれています。
 市販された第三版ルールブック『Aの魔法陣』から、ゲームコンセプトの要約部分となっている「テクニカルリードアウト」(あれ、これって某FASAゲーな言い回し?)を引用してみましょう。

 テクニカルリードアウト
 国産最軽量最速の実用ルール。他ルールと比較して初心者でも簡単に取り扱いができて、上級者では機動性(自由度)で他ルールを完全に圧倒することを目的として開発された。
 設計思想的には第4世代にあたるはじめてのTRPGで、他に似たような性能を持ったルールブックは2006年4月現在、存在しない。
 特性としてプレイヤーにあわせて変形していくという自己進化能力を持つが、これは応答性と自由度と展開速度で他ルールを圧倒する原動力になっているものの、(カスタマイズ性能が高すぎて無限にバリエーションを作って行く関係で)定格処理能力、つまり状況と行動宣言内容が同じなら、どこにいっても同じ判定が出せるという性能では、かなり劣る。
 これは設計段階で確信的に放棄された部分である。
 状況と行動宣言内容が同じというのは実用上ほとんどなく、ルールをいたずらに増やしてまで対処する必要はないと設計者は判断した。
 このルールブックは机上の空論で強いゲームではなく、実際のプレイ空間における最強を目指して作られた。
(芝村2006: 20)

 「定格処理能力」が「設計段階で確信的に放棄された」ことにより「机上の空論で強い(=現場の運用力に頼らずとも確実に面白さが保証される)ゲーム」では、あり得なくなった。これが、『Aの魔法陣』を理解する上で重要なところです。
 『腕の良いゲームマスター=SDであれば、『Aの魔法陣』は面白いシステムになりうるし、そうでなければ『Aの魔法陣』はクソゲーである。こんなことを言うと「それって『Aの魔法陣』というシステムがクソゲーってことじゃないの?」という反論が出てきますが、その反論は、システムデザイナーのコンセプトデザイン、つまり「設計思想」を踏まえた発言とは言えません。
 どちらにせよ、システムデザイナーの設計したシステム“だけ”で、現場のセッションの面白さをキープするという、その発想からAマホは一旦距離を置いていると、考えなければなりません。今回の話も、同じです。「ズーム&ダイブ」という技術それ自体をどのように「面白いゲーム」のギミックとして使うかは、システムデザイナーの提案に過ぎず、実際の活用方法は現場のSDとプレーヤーたち(特に、SD)の運用に委ねられているわけです。
 一応、発売後に公開されたリプレイ作品のいくつかで使用法が書かれたこともありますが、それについては今回は事例を示しません。問題は、このような技術があるとして、「それって具体的にどんなゲームを作れるの?」について、一介のセッションデザイナー、つまり〈ゲームマスター〉として、責任を持って考えて行くことにあると私は考えています。

 以上

*1:多摩豊『コンピュータゲームデザイン教本』と関連づけて論じたいが、それは次回以降の課題とする。

*2:?のついている最下部2つは、筆者の推測による補完である。実際には師団は1000人以上でありうるので、この数値換算は不適切かもしれないことを付けくわえておく。

*3:これに加えて、さらに〈原成功要素〉と〈配分比〉という2つの考えを加えることで、キャラクターの記述はよりゲーム的に豊かになるのですが、極端にシンプルに考えると、これだけでも『Aの魔法陣』の成功要素は作れるし、これだけで遊べてしまいます。そして、2004年ごろにおまけゲームとして発表された『Aの魔法陣』Ver.1の頃の成功要素は、実はこのシンプルさに近いのです。

*4:原成功要素が1つの場合。普通、原成功要素は2つ以上あり、それぞれに対して四捨五入の処理を行う。したがって、原成功要素が1つの時より多くの成功要素を持っている場合もしばしばである。

*5:戦車側のペースに持ち込まれていると想定する

*6:配分比は別途決める必要があるだろう