「スプライトシュピーゲル」に出てくるシリアスゲームに関する私見
TRPG相談室「国家を運営するようなTRPGありますか?」に回答しました。
加筆・修正の上、転載しておきます。ちなみにこの話は、アクセラレータさんが『スプライトシュピーゲルIV』について疑問を持たれていた時に書こうとしていたものでもあります。
ついでにサイドバーにはてなRSSモジュールを使って「TRPG相談室」のモジュール(氷川さん作)を埋め込んでみた。今後は質問にも回答できると思います。
質問内容
冲方丁著、スプライトシュピーゲルIV テンペスト(ISBN 978-4-8291-3281-4)で、登場人物がTRPGをして遊ぶシーンがでてきます。
スプライトシュピーゲルIV テンペスト (富士見ファンタジア文庫)
- 作者: 冲方丁,はいむらきよたか
- 出版社/メーカー: 富士見書房
- 発売日: 2008/04/19
- メディア: 文庫
- 購入: 7人 クリック: 197回
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このTRPGは一人一人国家元首のPCを作り、協力して世界政府を樹立するのを目的としたものと作中では説明されています。このTRPGの元ネタを知っている方はいらっしゃいますでしょうか。(後略)
(zabutonさん)
由来と、ゲーミングについての詳細
2008-8-6 6:31:38 by: 高橋志臣 経験: 1〜3回
由来はおそらく2つほど考えられるでしょう。
- 他の方が回答された通り『ディプロマシー』あるいは『ゴルゴ13』91巻に出てくるTRPGセッション
- Simulation & Gamingという学問と、そこから出てくるSerious Gameという概念
ディプロマシーに関してはご存じだと思いますので、後者を中心に。
Simulation & Gamingという学問は、1950-60年代米国のOperations Research(OR)研究、つまり外交戦略の文脈において、「人間の社会的活動を、役割を持った複数の主体が関与するゲーム」として表現し、理解する手法が徐々に研究されてきました。
そこからさらに、ゲームデザイン的な手法を用いることで、経験学習を促進するという目的に応用するという学問が成立していきました。それをGaming SimulationとかSimulation & Gamingと呼ぶようになりました。1969年には国際シミュレーションゲーミング学会(ISAGA)といった学会も作られていますし、1980年代にはミシガン大学にシミュレーション&ゲーミングの専門家養成コースが造られていたりします。
具体的なゲームについては、この文章の最後に入れた参考図書や国内の学会であるJASAG(日本シミュレーション&ゲーミング学会)での取り組みを調べていただきたいのですが、たとえ存在を知ったとしても、国内では一般の人たちがアクセスしにくいのは事実です(未訳ゲームが沢山ありますので)。それでも入手経路についてご紹介しておきますと、シリアスゲームは、「バネスト」というゲーム通販会社でも一部取り扱っています。
たとえば一例として「Keep Cool」というボードゲームがあります。これは、プレーヤーが1人ずつ「USAとその同盟国」「アフリカ」「中国」「EU」といった国家の意志決定主体となり、
- いかに環境問題を悪化させないよう配慮しつつ
- 自国の利益を確保するか
というジレンマに挑戦することになります。これは基本的にマルチゲームではありますが、中には〈役割分担〉という意味でのRoleplayの要素も、(特に環境問題が悪化した時には)入ってきます。「Keep Cool」は、環境問題をシリアスにとらえ、その機微を学習させることを目的としてデザインされたゲームですから、「環境問題に向けて一致して協力していく」という内容に関しては、TRPGに通じるものがあると言えます。
日本にはシリアスゲームについてのカンファレンスもありますし、JASAGのような、それこそ20年前後の蓄積があるSimulation & Gamingの学会もあります。シリアスゲームに関しては既に読み尽くせないほど沢山の文献があります。最近ではデジタルゲームも学習機会の一つとして認められるようになり、研究が盛んになっています。デジタルゲームと言えば、クリス・クロフォードがかつて制作した『バランスオブパワー』などは、デジタルゲームにおいて国家戦略とは何かを再現しようとして高い評価を得た代表的なゲームでもあります。
- 作者: クリスクロフォード,多摩豊
- 出版社/メーカー: ビジネス・アスキー
- 発売日: 1988/12
- メディア: 単行本
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このような趣旨のもと販売されるTRPGが今のところほとんどないのは、ひとえにTRPGデザインにおいてそのような市場(つまり、学習を目的としたゲームの販売とその受容)がありうるということが、デザイナー側にも消費者側にも認知・信用されていない(作ってもしょうがないし、作ってもつまらない/売れるわけがない)と思われているからではないか、と個人的には思っています。
作者の冲方丁氏は、おそらくこのような「ゲーム」を取り巻く学術的背景をどこかで知っており、その上でTRPGというゲームを、既存の産業において主流となっている「娯楽のみのジャンル」として捉えず、将来シリアスゲームやゲーミングシミュレーションといった概念がより社会的に洗練されていった環境において行われる「学習目的のためにデザインされたTRPG」を独自に考案したのではないかと私は推測しています。
そのような冲方丁氏の観点は、既存のTRPGに何かそうした先行例があるというよりは、もう少し未来的な見地について述べたものだと私は思っています。もっとも、そうした背景を知らずに冲方氏のSF的思いつきによって作られた可能性もまた否定できませんが、ともあれその視点が「現在のTRPG」について述べたものではなく、「未来のTRPG」の可能性について述べたものの一つであることは間違いないところだと思います。
そして最後に、私は、冲方氏のような意味でのTRPGがあまり表だって考察されないのは、少々残念だと思っています。TRPGもアナログゲームの一種である以上、アナログゲームデザインのシリアスゲーム化に関する知的蓄積が四半世紀以上続いてきた現在、そのような現状に対応できないということはないはず(だし、それに挑戦することがTRPG業界にとっての損失になるなどということはないはず)だからです。
ちなみに朱鷺田祐介氏の「TRPGはエンターテイメントでなければならない」という意見に関しては、「学習目的のゲームは必ずしも面白い必要はない」といった、一部のデザイナーやファシリテータに見られる怠慢を戒めるものとしては有効であると思われます(面白いに越したことはないからです)。しかし、TRPGが今後どのように受容されていくかを考えていく上では、それ以外の考え方も許容されてよいのではないかと私は考えます。
参考図書(記述は略式):
- エイコフ&サシーニ『現代ORの方法』日本経営出版会, 1970.
- デューク『ゲーミングシミュレーション――未来との対話』アスキー, 2001
- 新井潔編『ゲーミングシミュレーション』日科技連,1998.
- ジョンソン『ダメなものは、タメになる――テレビやゲームは頭を良くしている』翔泳社, 2006
- 日本シミュレーション&ゲーミング学会公式サイト(http://www.jasag.sakura.ne.jp/)