GOD AND GOLEM, Inc. (はてなダイアリー倉庫版)

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F.E.A.R.の商業戦略について補足

 id:xenothさんに指摘いただいた点について。

 実際に「短い消費期限」を前提に作られたシステムについての例示、検証もないし、現在のFEARゲーと、過去のTRPGシーンで、本当に、寿命に差があったのかというのも分析されていない。
にも関わらず、上記論考では「FEARは商業のためだけに、わざと底の浅い、すぐ飽きられるシステムを出している」というのが前提となってしまっている。
 これ読んだ人が「あーFEARゲーってのは、底の浅い作りなのか」と思ったとしたら、迷惑な話である。
id:xenoth

 確かにその点については、数点説明が足りていなかった。もしF.E.A.R.製品のファンの方で不愉快に思われた方がいらっしゃったら、申し訳ない。あのエントリの本題はそちらの方にはないのだが、それについてもid:zenothさんから疑問が提出されているので、いずれコメントしようと思っている。なにより、このように冷静に真正面から批判をぶつけてくださる方というのは、それだけで非常にありがたく、気持ちの良いものだ。
 F.E.A.R.の商業展開が、いかに国産RPGの中でもとりわけ合理的であるかについて、2点、補足させていただきたい。直接上の「どれだけx年寿命があったか」といった検証は今回行わないが、少なくとも、「サポートが必要ないルールブックをF.E.A.R.社が志向しておらず*1、またそのことによって固定ユーザー層をガッチリ獲得した」という理屈を再度詳しく述べることで、返答に代えさせていただきたい。これでも十分な説明とは言いがたいかもしれないが、このエントリと、海外ビッグゲームの販売戦略とを比較・検討すれば、ある程度まで承認していただけるのではないかと考えている。*2

A.『ゲーマーズ・フィールド』のサポート

 まず、F.E.A.R.が他の国産RPG会社と比較して特別な点は、「自社製品を専門的に紹介する雑誌『ゲーマーズ・フィールド』」を擁しており、それが10年ものあいだ続いていることだ。しかもこの雑誌は、1990年代末のいわゆる「RPG冬の時代」におきたRPG専門雑誌廃刊ラッシュを免れた、ほぼ唯一といってもいい雑誌である。『RPG Magazine』『ドラゴンマガジン』や『コンプティーク』など、その他の雑誌も数点21世紀に持ち越されたが、RPGをメインに据えた紙面を続けられたのはF.E.A.R.社の雑誌だけであると言ってよい。会員誌とはいえ、もしF.E.A.R.が『ゲーマーズ・フィールド』を打ち切っていたら、「国産TRPG」と呼ばれるものが全滅していたかもしれないことを思うと、この点はまず真っ先に取り上げられてしかるべきことだと思う。
 そして、この『ゲーマーズ・フィールド』があることによって、F.E.A.R.社の製品を購入したユーザーは、定期的に細かいアップデートを受けることができた。*3
 したがって、F.E.A.R.の個々のTRPGシステムの実際の性能は、『ゲーマーズ・フィールド』やシナリオ集であてられるパッチも含めて総合的に評価しなければならない。実質、基本ルールブックを出版した後の「サポート」の方が、F.E.A.R.社のゲームデザイナーにとって非常に重要な部分になってくる。
 id:xenoth氏に「FEARゲーは消費期限の短い、底の浅い作り」だとでも言いたいのか、と指摘されたが、そうではない。ただしF.E.A.R.社が、結果的に『ゲーマーズ・フィールド』を中心とした、「手厚いサポート」を前提としたシステム販売戦略をとっていることは間違いなく、それを無視して製品単体で遊ぶだけでは、彼らのゲームコンセプトを十分に味わうことができないと私はいいたかったのである*4。海外TRPGのような、ごついつくりの基本ルールブックに、これまたゴツいつくりの各クラス拡張サプリメント*5を売るという戦略を、F.E.A.Rは取らなかった。そうした選択が、あのTRPG大不況のさなかで着実に「雑誌の定期購読者」を確保し、特定ブランドのロイヤリティを引き上げることに成功した。
 しかもそれは、グループSNEのように「文芸的な商売」で客を引っ張ったわけではない。シェアードワールド展開で小説がバカバカ売れたという話は聞かない。あくまで彼らのコンセプトは「ゲームを紹介する」ことにあるように感じられる。

B.データのモジュール化と、それを利用した逐次バランス調整方式の採用

 近年のF.E.A.R.製品のスキルは、まるでTCGのカタログのようにレイアウトされており、後でいくらでも追加データでバランス調整がきくように入念なモジュール化されている。雑誌で同じフォーマットのデータ集を入れれば、それらを適宜選択してゲームバランス調整を行うことが可能だ。(なお、ゲームバランス調整の多くを、あのカード型スキル表の取捨選択によって行っているのが、F.E.A.R.社のシステムデザインの主だった特徴の一つであると私は考えている)。特にこういったデータ型へのレイアウトの以降は、『トーキョーN◎VA The Revolution』と同『The Detonation』との間で特に顕著である。
 このモジュール化は、追加サプリメントや版上げの際にも、非常に有効である。既に多くのデータが「スキル」として統一されているので、ゲームデザイナーは、TCGのデザイナーがおそらくそうするように、新たに考案したスキル同士の力関係を入念に調整することで、ゲームバランスを保ちながら、全方向的にまんべんなく強化するようにすることができる。版上げも、旧版までに提示したあらゆるデータを再統合して、ディベロップメントを入念に行うことが主な仕事となる。*6これが「才能」「技能」「魔法」といった風に個別のデータ記述方式で管理されていたとすれば、バランス調整はずっと難しくなるだろう。(そしておそらく、このようなスキル一元管理への傾倒は、『ゲーマーズ・フィールド』で手厚いサポートを継続してきた実績と、無関係ではないだろう)。

おわりに─「ルールブック単体」で評価できるシステム/「サポート込み」で評価すべきシステム

 そのようなわけでF.E.A.R.社の「雑誌サポート」と「データのモジュール化」2本柱によって生まれる「好循環サイクル」は、衰退を極めた90年代後半の国産TRPG企業の中で、飛びぬけてすぐれた商業戦略であったと評価すべきだろう。*7
 また、あらためてこれは強調しておきたいのだが、F.E.A.R.社の製品を評価する際には、「よくできた大著の基本ルールブック」を単位とするよりも、「どう遊べば運営できるかがとにかくわかりやすいルールブック+版上げされるまでに細やかに継続されるサポート」も含めて、総合的に評価しなければならない。そうしなければ、他社のルールブックよりも多少見劣りする質のものだ、ということになりかねない(それは、端的に言って嘘である)。そのような認識のズレは、あくまでベンダごとの商業戦略の違いを理解しないことからおきるものである。たとえば、他社の商業展開は、基本ルールブックがしっかり作りこまれているのにも関わらず、サプリメントや雑誌サポートが極端に見劣りすることが多かったりする。この点ではF.E.A.R.社は見本の一つとしてキッチリ参照されるべきだろう。繰り返すが、TRPG製品を評価する際には、「その会社がどのような業態によってそのゲームシステムの綜合的な性能を維持しようとしているのか」を正しく把握した上で評価を下さなくてはならない。
 ともあれ、こういった経営判断から来るゲームデザインの特殊性が、F.E.A.R.製品の根幹を支えているだろうと私は考えていたのだが、多少は前置きが必要だったかもしれない。

*1:なお、あくまで「完成度の高さ」とは別の意味である。単品でルールブックが遊べても、サポートがあるとないとで劇的に面白さが変わる場合というのはありうる。そしてF.E.A.R.は、全体的に自社の持つ生産ラインの半分以上を、サポートによって継続することを志向して基本ルールブックを作っている。そういうことをここで言っているわけだ。

*2:したがって、私はここより以下、F.E.A.R.社の販売戦略に着目しつつ、「RPGシステムを製品として評価する基準」について示したことになる。F.E.A.R.社のルールブック単体でもってF.E.A.R.社のゲームデザイン能力を判断するのでは不十分であり、雑誌研究が必然的に重要になってくる、ということが、このエントリを読むことで言えるようになる。ただし、F.E.A.R.製品にそれほどロイヤリティを感じていない一消費者がそのようなスタンスを取るのは、極めてむずかしい。そこがF.E.A.R.の商業戦略の限界でもあるのだが、今回はあくまでその長所についてのみ言及することにした。

*3:個々の単行本ではなく、一つの雑誌によってそれを行ったとために、他社と較べて特別に固定ユーザー層を獲得できたのではないだろうか。

*4:そして、遊ぶ機会が他国のゲーマーより限られている我々日本人相手に商売をするうえでは、F.E.A.R.社の経営は端的にいって「堅実に儲かる」商法だったのである。製品としてのルールブックより「サポート」の方が金になることを、彼らはいちはやく見抜いていたのではないだろうか

*5:これはシャドウランとかD&Dが特にそうである。世界観ソースブックでは、『ルーンクエスト』や『トラベラー』、『GURPS』なども代表的だろう。これらのTRPGはあまりにも大作すぎるので、休日に暇を作ることが難しいわれわれ日本人では、基本ルールブックを遊びつくすことすら難しいかもしれない。私などはD&Dv3.5のコアルールブックすら、満足に遊びつくしたとは言えない。Shadowrun4thも同様。

*6:このような版上げの成功例としては、『アルシャードff』と『ダブルクロス2nd』が挙げられる。この2つは、基本となるシステムやデータの形式はほとんど変わっていないにもかかわらず、旧版のデータバランスを改善することで、「版上げ」の名に値する出来となっている。

*7:もしかしたら、ほかにもF.E.A.R.社の経営を評価するポイントがあるかもしれない。もしみつかったら、トラックバックなりコメントなりで補足していただきたい。私より手練のF.E.A.R.ファンはたくさんいるはずである。